生贄の祈りver.普英_6_2

「…っ!…なんだよ……」

一方で最愛の被保護者と最愛の甥っこが仲睦まじく歓談しているという楽園風景を満喫していたギルベルトは、廊下で若干不機嫌に襟を掴むエリザの手を外す。

それに対しては特に気を悪くするでもなく、また、謝罪するでもなく、エリザの方は淡々と手の中の資料の束をポン!とギルベルトに押し付けた。


「…んだよ?」
「……風がお姫さん獲得に動いてるわ」

「マジか。
でもお姫さんがうちの国にいる以上どうしようもねえだろ?
そのために王都まで攻めいってくるとかは、さすがにないだろうし?」
と言うと、エリザは

「それならそれで迎え撃って踏みつぶした勢いで相手の王都まで攻めいって、ふざけた真似してくれた礼に王城を廃墟にしてやるとこなんだけど」

と、銀の悪魔なんて異名をつけられた俺様よりこいつの方がよっぽど悪魔…っつ~か、魔王じゃね?とギルベルトが秘かに思う程度には過激な言葉を返してくる。


自分じゃなくてエリザがこの国の王だったとしたら、今頃は風の国のあたり一帯が焼け野原になっていると断言できる。

ペロリと唇を舐めつつ爛々と目を光らせる様は、まさに戦闘民族である鋼の国の住人そのものだ。

ギルベルトにとっては戦闘と言うのは国を保つための手段なのだが、エリザは戦闘そのものが目的で、それを楽しんでいるところがある。

生きる事は戦う事という、根っからの戦士だ。

軍事国家の戦闘大好き無敗の騎馬隊の女将軍…これを上手に御して誘導するのも、ギルベルトの大事な仕事だったりするので、いつものごとくギルベルトは今にもすっ飛んで行きそうなエリザを宥めにかかった。

「どうしても避けられねえもんなら仕方ねえけど…風とやりあえば負けはねえとしてもこっちも無傷じゃねえだろ。
今そこまで国力疲弊はさせたくねえ。自重しろよ?」

「わかってるけど……」

ため息交じりのギルベルトの言葉に、わかってると言いつつ不満げに口を尖らせるエリザ。

…ああ、これ俺様からGOが出たら颯爽と出動してくんだろな……
と、ギルベルトはそれを見て遠い目になる。

強くて動じなくて根性があって…ほぼ理想的な配下であるこの幼馴染の大きな欠点がこの喧嘩っ早さである事は城内でも有名な話で、でもそれを込みで周り──主に女性──に慕われ支持されているのが困ったところだ。

「んで?動いてるってどういう風にだ?
あ~…普通に交渉に出向いてくるってことか…
返事は?まだだしてねえよな?」

と、それでも国王であるギルベルトの意向は尊重してくれるらしい。

舌打ちはするもののすっ飛んで行く事なくその場でただ膨れるエリザに声をかけると、エリザは

「ないわよ」
と、まず短く答えて肩をすくめた。
そして付け足す。

「…ふざけんな!って返したいところだけどね…。
一応表向きは3国は互いに攻め込まない、平常時は来訪も受け入れるって協定結んでるしね。
飽くまで拒否ると協定違反で風だけならとにかく大地の国まで敵に回す可能性あるから、仕方ないわ。
あたしが出れば絶対に勝ってはみせるけど、大国2国を一度に相手にするのは楽じゃないし、こちらの被害も甚大になりそうだしね。
すごく嫌だけど自重するつもり」

「あ~、そいつは良かったよ…」

残念そうに言うエリザに肩を落とすギルベルト。

絶対に絶対に絶対に、自分よりもこの女の方がよほど怖いのに…と、心の中でだけ主張しておく。



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