生贄の祈りver.普英_4_8

ばしゃっ!と海面に顔を出して陸の方向を確認すると、そちらに向けて泳ぎだす。

おりしも進行方向には綺麗な月。
王子を抱えて陸地へと泳ぐ人魚姫もこんな感じなのだろうか…と一瞬思うも、すぐ、人魚と王子が逆だろ、と苦笑した。

こうして辿りつく岩場。
平たい大きめの岩に先にアーサーを上げて、自分も自らあがった。


水から出ると強い海風に吹きさらされて一気に体温が奪われる。

早く温めてやらないと…と思いながら水で額にはりついた髪を払ってやろうとその青白い顔に手を伸ばしたギルベルトは硬直した。

──…息……してねえ……?

まさか?と、もう一度手を伸ばして、それが勘違いじゃない事を確認して蒼褪める。
固く閉じられた瞼はピクリともせず、震える手でおそるおそる触れた薄い左胸からはなんの動きも感じられない。

腹の底から何かがこみ上げて来た。
体中から血の気が引いて震えているのに、目元が熱い。

「…アルト……」
そっとその頬を撫でて声をかけるが、当然のように返事はなく、まだ柔らかさが残る頬は冷たさを増していった。

手を伸ばせばこうして触れられるのに……守れない?
ギルベルトの頬を海水とは違う何かが濡らして行く。

抱え込めば腕の中にすっぽりと入ってしまうような小さな身体。
そんな小さな存在すら守りきれなかった自分の無力さにギルベルトは絶望した。

「…なん…で…?
…わるい…ごめん…ごめん…ごめん……」

頭の中はぐちゃぐちゃで、顔も涙でぐちゃぐちゃで、もう何かが壊れてしまったかのように目の前がグルグル回る。

──誰か、誰か助けてくれよっ!!助けてくれっ!!!

頭を抱えて泣くしか出来ないでいると、ざざ~ん!と波しぶきがその背を叩いた。


──…ぎる……ギルベルト………

と、亡き叔父の声が聞こえたのは、それがまだギルベルトが幼い頃、何かで泣いたり感情的になると叔父がよく背を叩いてくれた感触をどこか思い起こさせたからだろうか…


──…おやじ……

──…ギルベルト、考えてごらん?お前は最善を尽くしたか?もう出来る事はないのかね?


いつでも叔父のフリッツは答えはだしてはくれなかった。
ただ、いつもギルベルトにそう聞いて、冷静に考える力をくれたのである。


「……さい……ぜん…」

そう呟くと、ギルベルトは涙で濡れた目を腕の中に抱え込んだ少年に落とした。


そしてハッとしてその身体を平らな岩に横たえて、気道を確保する。
そうだ、呼吸を止めてそう長い時間はたっていない。
なら、泣く前にとりあえず最善を尽くさなければ…


いつでも答えはだしてくれない。
でも突破する力と冷静さをあたえてくれるのはいつも叔父だった。
それは亡くなった今でも……

人工呼吸と心臓マッサージ。
幸い心肺停止してからそう時間がたってなかったのか、それでなんとかかすかに戻る呼吸と鼓動。

ギルベルトがふ~っと大きく安堵の息をついた時、毛布を抱えて医者と共にエリザとルートが到着した。



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