生贄の祈りver.普英_3_11

熱がなかなか引かず、早1週間。

体調が回復するまではなるべく側についているつもりだったのだが、ギルベルトも一国の王なので、さすがにそれにも限界が来る。


朝食を一緒に取って薬を飲ませてウトウトと眠ったところでギルベルトはソッとその側を離れて執務室へと急いだ。

いつもだとこれから2時間くらいは眠っている。
だから、その間にたまっている仕事を片付けてしまわねば…。

陳情書も溜まっているし、面会希望者も待たせている。
本来なら謁見室で謁見するところを、執務室で書類を片付けながらの謁見。

最初は片手間できちんと聞いているのかと、相手が国王と言う事で言葉にこそださないものの、若干不満げだった相手も、要望や報告を聞き終わると書類から目を離さずに、それでも適切な応答をするギルベルトに、驚いたように平伏して下がっていった。

こうしてとにかく数をこなす。
ここでこなさねば、どんどん溜まっていく。

普段なら練習がてらルートを同席させてルートにも話を振ってみたりするのだが、今回はそれもなし。
スピード優先だ。
もちろん、物理的には手を抜かずにという前提だが。

はるか異国では10人の人間が一度に言った言葉を聞きとる偉人の逸話などがあるが、そこまではいかないまでも、ギルベルトは2つくらいの案件なら集中すれば理解しこなせる。

普段はそんな必要もないのでしないが、今回はそうやって2方向の仕事をこなす王の能力に、家臣はもちろん、甥のルートもあらためてそのすごさを再認識する事になった。

そうして仕事をこなし続けてどのくらいたっただろうか…。

部屋の外の騒がしさに、ギルベルトは初めて書類から目を放して顔をあげた。

「うるせえ。何かあったのか?」
若干不機嫌にちらりと隣に立つ幼馴染で腹心のエリザに視線を送ると、さすがに長い付き合いだけに全てを言わせずとも要求を察したようだ。

「確認して来るわね」
とだけ言うと、廊下へと駆けだして行った。


その間は面会は中断。
書類に走らせるペンの音だけが響く中、

「陛下…」
と、ルートが口を開いた。

「ん?」

カリカリとペンの音に混じって、大きくはないが通る声で応えるギルベルトに、ルートは眉尻をさげて頭をさげた。

「すまない。ずっと謝罪がしたかった。
あなたが目をかけている少年が体調を崩したのは俺のせいなんだ」

アーサーがこの国に来てからほぼ付きっきりだったので、なかなか話す機会がなかった甥の言葉。
非常に真剣なその様子に、ギルベルトは小さく息を吐きだしてペンを置いた。

そして
「どういうことだ?」
と、向き直ると、少し年の離れた兄弟ほどの年の差のこの気真面目な甥っこは、さらに深く深く頭をさげる。

「最初の日…あの少年が来た日だ。
その前のあなたを暗殺しようとした草原の国の王族と同類かと思い、部屋に案内する際に立場をわきまえ、節度を持って接するようにと言ってしまった。
それで体調が悪い事を言えなくなったのだと思う…」

すまない…と頭を下げるルートに、なるほど、と思う。
確かにそれも一因ではあるのだろうが……

「あ~まあな、それはきっかけのひとつではあるかもしれねえが…」
くしゃりと頭に手をやって、少し考え込む。

ルートには悪気はない。
おそらく自分が上手に誘導すれば、アーサーともとてもいい関係を築けるはずだ。

ただデリケートな問題なので、ギルベルトは細心の注意を払って言葉を探した。

「あ~…あれは元々は俺様とエリザのミスだ。
風の襲撃を予測して護衛をきちんと手配していれば馬で移動なんて無理をさせずに疲れさせなかったし、自分と違って体力がないって事をきちんと念頭にいれて小雨が降った中を強行しねえで雨宿りしつつ移動していれば熱も出さなかった。
で、最終的にお前の言葉で体調不良を言いだせなくて悪化したのかもしれねえが、そもそもが体調崩してなければ問題なかったわけだしな」

「だが…」

「だ~か~ら~仲良くしてやれ。
年近えし?
過ぎた事をいつまでも引きずっても無意味だろ。
失敗したら速やかな立て直しが最重要事項だ」

「……」

「返事は?」

「Ja!」

「よ~しっ!じゃ、今日は俺様が改めてお前を紹介するから、そこで仲直り。
一緒に飯食うぞ、飯!」

そう言ってルートの肩をポンと軽く叩いてギルベルトが椅子から立ち上がった瞬間、執務室のドアがバン!!と開いて飛び込んできたエリザが珍しく焦った様子で叫んだ。

「ギルっ!!逃げたっ!!逃げちゃったのっ!!捕まえてっ!!!」


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