ヒロイン絶賛修行中20

アーサーがおずおずと伸ばした手はしっかり掴まれ、グイッとそのまま引き寄せられて、当たり前に腰に腕が回る。

どうもそのあたりの動作はこのところずっとかかりきりだったドラマの中の感覚が抜けないのだろうと思う。

一度など、少し転びかけたら支えるどころか横抱きに抱え上げられたことさえあるのだ。

あれは…ファンとしては嬉しいが男としては少々恥ずかしかった。




駐車場に着くと、当たり前に開かれる助手席のドア。

もちろんアーサーが乗り込んだ後にドアを閉めるのもアントーニョだ。

大先輩でトップアイドルであるアントーニョにそこまでさせるのはさすがに申し訳なくて、ドアの開け閉めくらい自分で出来ると言ったのだが、

『そういう動作とか慣れといた方がええやん?普段からやっといたほうが、いざという時自然にできるやろ?』

とにこやかに言われれば、確かに演技に関しては素人なだけでなく、役柄と実際の性別まで違う以上、否とは言えない。

こうしてアントーニョに完璧にお姫様扱いされ、エスコートされる生活は続いている。

おそらくドラマの撮影が終わるまでは続くのだろう。



こんな生活に万が一慣れてしまったら撮影が終わったら色々大変そうだ、と、苦笑交じりに言ってみたら、

『ほんなら、親分ずっとこうしたるから大丈夫やで☆』

と、イケメンスマイルで言われて羞恥のあまり言葉をなくしたのは他には内緒だ。



車の中にしたって以前は普通の柑橘系の芳香剤だったのが、最初にアントーニョに連れだされた日、薔薇が好きだと言ったら翌日からは薔薇の香りだ。

もちろん車内には常にクーラーボックスがあって飲み物やキャンディは完備。

その日の気温やアーサーの格好によってマメに車内の温度も調節しているし、普段はきまずくないように軽快なトークで和ませてくれて、しかし疲れている時は静かにそっとしておいてくれ、うっかり眠ってしまおうものなら、きちんとそれも車内に完備のブランケットがかけられている。



確かにこれがドラマのヒロイン役の相手に対するアントーニョのデフォルトなら、大抵の女優は勘違いするだろう。

男の自分ですら勘違いしてしまいそうな優しい優しい甘やかさだ。



「アーティ、ちょお顔赤い気するけど、車内熱い?」

と、そんなことを考えていると、信号待ちの間に顔を覗きこまれて、慌てて首を横にふる。

「いや、そんなことない。ただ今日の収録の失敗とか、色々思い出してたから…」

と、そんな整った甘いマスクが近くにあると余計に赤くなりそうなので、苦しい言い訳をしてみると、

「あれはもうフランやギルちゃんがアホやってエリザにどつかれるための番組やから、そんな固く考えんでもええんやで」

と、にこりとあの全国のファンを魅了する太陽のような笑顔を浮かべながらポンポンと軽く頭を撫でて、変わった信号に気づいて前に視線を戻して再び運転に集中し始めたようだ。


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