ヒロイン絶賛売出し中1


心地よいテノールが耳をくすぐる。

楽しげな鼻歌。

優しく髪をなでる温かい手。



――おはようさん。そろそろ時間やで、親分の天使ちゃん



甘い甘い声と共に髪を撫でていた手が頬に滑り降りて、顔の側に何かが近づいてくる気配。

チュッと言う音と共に温かく柔らかいモノが唇に触れる。



………唇に……?

うあああぁああ~~~!!!

ガバっと焦って起き上がったアーサーの目の前にはニコニコと朝っぱらからキラ☆キラしいアイドルスマイルを浮かべたトップアイドル。



やった…またやってしまった…寝坊したぁぁ~~!!!

ほかほかと湯気をたてている温かい朝食を前にして、アーサーは頭を抱えた。

確かに朝の時間が無い時に手際の悪い自分が作っておくとかは無理だが、せめて手伝うくらいはするべきだったのに…。



すみません、と口を開こうとすると、アントーニョはニコッと、人差し指で自分の唇をトントンと叩いた。



「天使ちゃんからは?」

「は?」

「は?やないで~。昨日言うたやん。
おはようとおやすみ、いってきますとただいまはちゃんとしような~って」



そ……そうだった……。

さっきのは…ああ、そうか、それだったのか…と、今更ながらに当たり前にキスされてた事に気づき…そして悩む。



いや、するしかない、するしかないんだけど…。

ちらりとアントーニョを見上げると、視線があってにっこり微笑まれる。

何も躊躇する様子もない顔…。

ああ、そうなんだろうな。

恋愛シーンだって数多くこなしている人気アイドルにとってはキスなんて本当に当たり前、挨拶なんだろう。

でも彼女どころか友達すらロクに作れないコミュ障気味な15歳の男にとっては、頬にキスをしたことすら、いつ頃だろうくらいに昔、子供の頃だ。



この”当たり前”な感覚の差は、やっぱりいくら近くにいても遠いアイドルとの立場の差だ。

自分なんかとはやっぱり違う世界に住む相手なんだ…と、遠くTVで見ていた時よりも距離を感じる。

永遠に縮まることのない距離を再認識した気分で見つめた端正な顔がにじむ。



すると綺麗なエメラルド色の目がびっくりしたようにまん丸くなって、それから焦ったような顔が近づいてきた。



「堪忍、堪忍な?そんなに嫌な事やった?」

肩に大きな手が置かれ、心配そうな顔でそう言われて、アーサーは首を横に振った。

それが一般的には同性同士ではあまりしないであろう唇同士の接触であったにしても、すごく憧れ続けた相手との接触だ、嫌なはずがない。



「…っ…ちがっ……やじゃ…な……」

ヒックヒックとしゃくりをあげながらアーサーは説明を試みた。




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