寮生はプリンセスがお好き6章_2

(…ここが…例のバルコニーに続く…開かずの部屋か……)
と、その部屋のドアに一応手をかけてみるが、しっかりと鍵がかかっていて開かない。

なので隣の部屋のバルコニー伝いに調べようと、その隣の部屋のドアの前に立つ。
そして持参した手袋をはめてドアの鍵を調べようとした瞬間…何故かカチャリ…と、鍵が開くような音がして、ギルベルトは身を固くした。

あたりに人の気配はない。
寮長副寮長は皆自室か遊戯室。
使用人達も3階には足を踏み入れないと聞いている。

ぞわり…と気温は低くないはずなのに、背に冷たいモノが走った。

入…れ…

それは自分の心の声なのか、実際何か外部から聞こえた声なのか……
しゃがれたような声が耳元で響く。

ひどく震える身体…。
固まる足……

それでも何か危険なモノがそこにあるのなら、なおさら確認しないという選択はない。
万が一、自寮のプリンセスに何か害があるなら大変だ…

「俺様はお姫さん所有の一振りの剣。
お姫さんを守る義務があるんだ…。絶対に入るぞ」
と、ギルベルトは幻を振り切るように敢えて小さいながらも声に出す。

するとまるで金縛りのように動かなかった足の圧力が消え、今度はススーっと自然に開いたドアの中に滑るように引きこまれた。

――…え……?

確か今は朝のはずだ……
なのに室内にはランプがともっていて、カーテンの向こう、バルコニーは薄暗い。


――…ここが……本当の場所だ……

またぞわりとした空気と共に聞こえる声。
寒くて…さらに胃がひっくり返りそうな不快感…

ズズーっ!!とまた勢いよく滑って行く身体。
バン!!と開くバルコニーへ続くガラス戸…

ガクン!!とそこで止まってつんのめりかけるが、グン!!と何か強い力に引っ張られるように身体が起こされて、それ以上前にはいかない。

有無を言わさず顔をあげさせられれば、目の前に見える二つの影。
どちらもクラシカルなドレスを着た女である。
そして片方の女が妙にとげとげしい様子で目の前のもう一人の女に何か言って手を伸ばし、ドン!とその女を突き飛ばした。

蒼褪める女…ふらりと後ろに倒れ込むと、その身はバルコニーの柵を超えて下へと落下する。

――危ないっ!!!

慌てて伸ばす手は届かない。

心が引きちぎられそうな苦痛。

…違う…違う…違う…!…

悲鳴…絶叫…真っ赤に染まる視界……

頭を抱える自分の前で、もう一つの影が振り返る。
残された女はまだ若い。
普通なら労わる対象であるはずの彼女を目にして自分が感じている感情は紛れもない憎悪と殺意…。
そんな感情を持つ自分に戸惑いと嫌悪を感じるモノの、自分でも感情が抑えきれない。

――殺してやる……

まるで自分の声ではないような声が喉の奥から絞り出て、ギルベルトは恐怖のあまり逃げる事もできずに立ちつくすその女の首に両手を回し…力を入れた。


――うっ…わあああああーーーーー!!!!!

声にならない悲鳴。

視界が暗転して…そして目の前には閉まったままのドア。

…え??
と、一度まばたきして確認するも、やっぱり目の前にあるのはがっしりとした木のドアである。

ぞわ…と、気味の悪い感覚が背に走った。
何かが…そう、何か得体のしれないものがそこにある…そんな気配がして、ギルベルトは2階に戻る階段まで走って離れる。

そうして階段まで辿りつくと、気味の悪い気配は消え、ごくごく普通の夏の日差しと木々の匂いの移ったやや涼しげな風が窓から入り込んでくるのを感じてホッとした。

…なんだったんだ……白昼夢とか…か?

夢にしてはあまりにリアルだった…と、さきほどまで触れていた婦人の首の感触も生々しい両手に視線を落として、そしてギルベルトは血の気を失った。

手首や手の甲に残る爪痕……それは夢の中で首を絞められて抵抗した婦人がつけたはずのもので……

――夢…じゃねえ…のかっ?!!

ありえない…そう思うものの、もう一度あの場所に戻って確認する気はさすがに起きなかった。

あんなに恐怖を感じたのは初めてだ。
自分はたいていの事には対応できると自負していたが、その自信がガラガラと崩れ落ちて行くのを感じる。

――ダメだ…逃げよう……
と、思った。

これは自分の手には負えない案件だ。
プリンセスの身を守るどころか、自分自身の事に関してすらままならない。

そう決意するとギルベルトは今回のイベントに関してはプリンセスの安全を優先するために降りる事にして、それを伝えるために階段を駆け降りた。

しかし事態はギルベルトが気付いた時にはもう、引き返せないところまで来ていた事を知って、青くなる事になる。




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