「大丈夫?疲れてへん?」
宿の部屋に落ち着くと、アーサーを椅子に座らせて、アントーニョは人前では脱がないように…と念押しして着させたマントのフードをそっとおろさせた。
そのうえで、いつものようにコツンと額と額をくっつけて、
「ん、熱は出てへんな」
と、確認すると、ホッとしたような笑みを浮かべる。
それもまずアントーニョ自らが毒見をしてから、アーサーに食べさせる。
これは絶対に逆だとアーサーは思い、実際そう主張してみたのだが、
「親分、色々丈夫やから。なんかあっても平気やし、アーティを無事保護するのが今のモチベーションみたいなもんやから、やらせたって?」
と、自分がそうしたいのだ、と、頼まれれば否とは言えない。
アーサーが着させられているマントにしたって、着心地の良い上等な布地で、しかしそれだけに丈夫なものではなく、色だって淡い色合いで汚れも目立ちやすい。
フードの部分にいたっては、かろうじて顔形がわかるかわからないかくらいの厚さのレースが顔半分を覆っている。
それはアントーニョやギルベルト達のようなベテラン聖騎士達とちがって体術の訓練を受けてないアーサーが容姿を特定されて狙われないようにという気遣いから着せられているはずのものなのだが、まるで王宮の貴族が娯楽の時に着るような繊細な作りのものなのは、アントーニョいわく
「このマントが汚れたり破れたりせえへんくらいに、敵をアーティに近づけへんようにすんねん」
と言う事らしい。
もしかして貴人の護衛の練習でもしたいのだろうか…。
しかし練習で本当に貴人を使ったりも出来ないので自分に?
そのあたりのアントーニョの感覚はアーサーにはよくわからない。
ただ思うのは、こんな風にアントーニョに護衛される相手は幸せだということ。
明るくて優しい性格。精悍なのに甘く整ったマスク。
育ちが良さそうで、でも貴族にありがちなひ弱さはない。
ブン!と思い切りよく伝説の戦斧を振り回す姿は本当にカッコいい。
まるで冒険活劇の主人公のようだ。
そんな彼の背に守られて、
「絶対に守ったるからな。安心しとき」
と、太陽のごとき微笑みを向けられた日には、恋に落ちない女性はいないだろう。
本来ならとびきりのお姫様が立つ位置に、練習台とはいえ立たせてもらえているだけで、本当に神様に感謝すべきだ。
練習台なのが残念だなんて思うのは贅沢すぎだ………。
………
………
………
でも……どこか悲しい…。
もし自分が実家の兄達が言っていたように女に生まれていたならば…可愛らしい容姿や柔らかい体を持って生れてきたならば……あるいはアントーニョにとっての“本物”になれた可能性もあるんだろうか……。
大切にされればされるほど、優しく微笑まれれば微笑まれるほど、そんな考えが脳裏をよぎって、アーサーは小さくため息をついた。
それはアントーニョがワインを水で薄めた物を注いでいるグラスに視線を向けている時に、本当に本当に小さくついたものだったのだが、その気付かれないと思った小さな悲しみの吐息を、アントーニョは耳聡く聞きとめたらしい。
すぐにグラスを置いて、正面に座っていた椅子をアーサーの横に移動させて、
「どないしたん?気分悪いん?」
と、アーサーを抱きしめてきた。
ああ、本当になんでこんなによく気づいてくれてしまうんだろう。
「…大丈夫。別に体調悪いわけじゃない」
と、アーサーが小さく首を横に振ると、
「ほな、どないしたん?……もしかして、戦闘怖い?」
と、気遣わしげに顔を覗き込んで、視線を合わせてきた。
まさか…貴人の護衛の練習台な事が寂しいなどと、本当の事を言うわけにもいかず、アーサーが困って黙り込んでいると、髪の間を優しく指が梳いていく。
――…大丈夫やで?
優しく甘く囁かれる言葉。
深いグリーンの瞳が労わるような色をたたえている。
「…親分が絶対に守ったるから。アーティには指一本触れさせたりせんよ?」
いつもの太陽のような明るいものとはまた違った、穏やかで優しい…安心させるような笑み。
『もうやめてくれ…本当に勘違いするからっ。
イケメンオーラはもうおなかいっぱいだ』
そう叫びたいが、まさか叫ぶわけにもいかず言葉のないアーサーに、『大丈夫、怖ないで』…と、困ったように笑ってアントーニョはポンポンと抱きしめた腕をまわしたアーサーの背中を叩きながら、何度もつむじに口づけを落とした。
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