ギルベルトとの長距離移動……
それはアントーニョにとって珍しい事ではなかった。
なにしろアーサーとキクが来るまではギルベルトとペアを組んでいたのだ。
魔人が出現した地域が遠ければ当然移動も長距離になる。
まだフランやエリザも一緒なら皆で馬鹿を言いあいながら行くのだが、ギルベルトと二人きりだとどうしても飽きる。
なので道中の身の回りの諸々や魔人以外の敵の対応などをするお付き達を思い切り振りきって、一人駿馬で先駆けたりしていたのだが、今回はアントーニョもゆっくりと心の底から道中を楽しんでいた。
「…馬の背って…すごく高いよな…」
ほとんど外に遊びに出た事などなかったというアーサーは、初めて乗る馬の高さに大きな丸い目をくるくると動かして笑う。
こういう子どもらしい表情は本当に可愛らしい。
このくらいの事でこんなに喜ぶなら、城にいる時から、城内を少し馬に乗せて回ってやれば良かったとアントーニョは思った。
(ああ…親分のパートナーは世界でいっちゃん可愛らしいなぁ……)
と、アーサーを同乗させた馬の上で、そんなことを思いながらゆっくりと馬を走らせながら、アントーニョは幸せな気分に浸るのであった。
東方に向けて出発して1日目。
首都の街を抜けて森へ入ると、景色は一転。
木々の下、両側に草が生い茂る土の道は、石畳で舗装された道路とは違い、空気が涼やかで気持ちが良い。
最初は馬車の窓から楽しげに外の景色を眺めていたアントーニョの大事なお宝に、さらに旅の醍醐味を味あわせてやりたくなったのは人情というものである。
そして、体調も良さそうだったので馬に乗っていたギルベルトとチェンジして、アーサーを馬に乗せてやることにしたのだった。
透けるように真っ白な肌。
ついこの前――もう半月は前の事だという話もあるが、数年単位で風邪の一つもひいたことのないアントーニョからしてみれば、本当についこの前の事である――可哀想に一人旅の疲れからひどい熱を出して寝込んでいたためか、消えてしまいそうなくらい儚く見える。
こんなこの子に魔人との戦いに赴けなどと心ない事をよく言えるものだと、その命が下った当初は思ったわけだが、今こうして見ると、外に出してやった方が良かったのかもしれない…と、アントーニョは思った。
まるで海の世界から初めて陸に触れた人魚姫のように、見るもの見るもの珍しくて仕方ないと言った風に楽しげに澄みきったグリーンの目が踊るのを見るのは、アントーニョも楽しい。
可愛い。自分のパートナーは本当に可愛い。
やっぱりいとけない子どもは可愛らしい。
しかも他人じゃなく、この世で唯一自分のパートナーとしてまるごと自分のものになった子どもである。
可愛くないわけがない。
馬のたてがみのあたりに添えられた手は小さく白くて、人形のようだ。
物心ついた頃から剣を振るってゴツゴツと固くなった自分の手とは違って、柔らかそうな手…。
伝説の武器に選ばれたと言っても、その武器ですら何を切る事も叩き潰す事もない、セラフィナイトウォンドと呼ばれる細く繊細そうな杖だ。
この子の力はそれを手に精霊の力を借りて奇跡を起こす事だと言う。
――親分が守ったらな…。
出会った瞬間思った事をまた再認識して、アントーニョはアーサーの体を支える手に少し力を込めた。
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