ショタペド戦士は童顔魔術師がお好き【第一章】4

「一人でここに来たん?」
というアントーニョの質問に少年はコクンと頷く。

「名前は?」
「…アーサー……」
と、このあたりで少年の緊張も限界にきたようだ。
溢れでた涙の粒がコロンと頬を伝う。


ああ…もったいない。
あんなに可愛いお目々から零れ落ちた水晶の粒のような涙だ。
床に落としたり布に吸い込まれたりするくらいなら、小瓶にでも入れてとっておきたい。

そんな、一緒に育った悪友たちですら聞いたらあまりの変態くさい執着にドン引きすること間違いない事を考えながら、アントーニョは表面上は穏やかに、座り込んでいる少年の前に少し目線が合うようにしゃがみこむと、

「遠くから一人でこんなところまで偉かったな。
心細かったやんな?
でも安心し。これからは親分がず~っと一緒や。
自分の事は親分が何からも守ったるからな」
と言って、少年の頭をそっと撫でた。

少し固そうな見た目に反して、それはふわふわと柔らかくて手に心地いい。


そのアントーニョの行動に、ぽかん…と大きな目と小さな口を開いたまま少年が固まった。
それから少し困ったように口をもごもごさせて、少し視線を逃がすように下を向く。
そんな戸惑った様子もひどく可愛らしくて、アントーニョは思わず少年を抱きしめた。

「…あ、あのっ……」
腕の中でわたわたと少年が小さく抵抗をするので、少しだけ身体を離して再度視線を合わせると、少年はまた困ったように下を向き、そして小さく呟いた。

「…昔…会った……」
「…へ?」
「…西の都…アルヴィオンの祭りの日……」

アルヴィオン…祭り…
その2つの言葉にアントーニョは記憶を探る。

そういえば…8年ほど前、アントーニョが12の頃に祖父のローマのお忍びの視察の時にちょうど西の都が祭りだというので一緒に連れて行ってもらったことがある。
街中が淡いグリーンの飾りで飾られ、魔術の街らしく、ふわふわと綺麗な光がその間を飛んでいた。

全くもって幻想的で美しい光景だったのだが、そこで悲劇が起こる。
何故かよりにもよってその日、魔物が街へと攻めてきたのだ。
もちろん即祖父と祖父の護衛達はそれに対峙する。
その時にはもう伝説の武器の使い手として実戦にも駆りだされていたアントーニョも当然それに引っ張りだされた。

「…これ……」
と、少年、アーサーが小さな手を伸ばしたのは胸元の十字架。
「あ~!あれ自分やったん?!あんな格好やったから女の子やと思っとったわ」
それでアントーニョは思い出した。

祭り用の淡いグリーンの長衣に頭から同色のレースのヴェールを被った少女を助けた記憶がある。
その時に御礼にともらったのが今胸元にかかっている十字架のペンダントで、それはアントーニョにとって初めての勲章みたいなものだった。

「…あれは…祭りの時の民族衣装だから……女はもっと深いグリーンの衣装を身につける…」
と、俯く少年の姿にあの時の衣装を重ねてみれば、なんとももったいないことをしたと、アントーニョは思う。

あのヴェールの下にこんなに可愛らしい子が隠れているとは思いもしなかった。
なんという不覚っ!

「なんや~、そんならヴェールめくってみれば良かったわっ!
こんなに可愛え子ぉやったら、そのまま連れて帰ったったのにっ!」
と、その気持をストレートに口にして、アントーニョはまたアーサーを抱きしめてその黄色い頭にグリグリと頬を押し付ける。

「あ、あのっ…だからっ…役にたてればって魔術勉強してっ…」
「うんうんっ」
「伝説の武器ってやつに選ばれてっ…」
「うんうんっ」
「…で、ここまで来たんだけど…魔術師じゃ迷惑ならっ…」

もう色々がどうでも良くなって適当に相槌を打つアントーニョの腕の中でじたばたしながら言う少年の言葉に、アントーニョはようやく思い出した。

「あ~、さっきのフランとの話やったら、あれは親戚のことやねん。
俺より年上なのに魔術の勉強いう名目の元、なんもせんと他人ん家でダラダラ過ごしとるダメ男やってん。
そのイメージあって偏見もってたみたいや~。
自分のことちゃうよ?堪忍な~。
ていうか、親分のために一生懸命勉強してきてくれたん?嬉しいわ~。
あ~、もう、ほんま可愛えなぁ。これからはずっと一緒やで~」

ああ、ワンルーム万歳っ!!
当初は本棚か何かで敷居を作って左右に分かれようかと思っていたのだが、もちろんそんな考えは宇宙の彼方に飛んでいった。

「とりあえず…大きな家具動かしてまうな~。
アーティーは危ないからこっち来といてな」

と、まずシングルベッド2つはキッチンのある右側と反対、左側の端にピッタリと隙間なく並んで置き、硬直している少年を抱きしめたクマごとひょいっと抱き上げて、とりあえずベッドの上におろしておく。
そうしておいて、次は寝るスペースと他のスペースを区切るために本棚を移動。

「あ、手伝うっ!」
と、そこでようやく硬直から解けたアーサーが動き出すが、アントーニョはそれを押しとどめた。
こんな小さい子に重いものを持たせるなんてとんでもないと思う。

「家具運んどる時にぶつかったりしたら危ないからここにおってな」
「…でもっ……」
「可愛いアーティが怪我でもしてもうたらと思うたら、親分模様替えに集中できひんし、頼むわ」
と、額に口付けると、アントーニョはまた家具の配置換えに戻っていった。


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