アメリカと分かれて自宅に戻ってきてからスペインがまず連絡を取ったのはフランスだ。
いわく
『いまな、イギリス、俺の家におんねん。
会いたいんやったら上等のワイン一本でも抱えて来ぃ?』
もちろんその連絡を受けてフランスは即帰宅。
自分のワインセラーの中から普段は悪友達と飲むのに出したりしない一級品を取り出して、それを抱えて即スペイン入りする。
小さな子どもが好きで、扱い慣れていて…素直に好意を表せる。
フランスとてラテンで好意を顕わにするのに躊躇いはない方だが、こと隣の島国に対してはどうも素直になれなかった。
――自分、かっわかわええなぁ。チュロス食う?
なによりぬくもりに飢えているイギリスを抱き上げ、イギリスが大好きな甘い菓子を与え…小さくとも自尊心の強いあの子のプライドを傷つけることなく好意を口にする。
それに対してイギリスも悪い気はしていないように見えた。
このままだとまずい…そう思って会うのを禁止できたのは百年戦争を経てイギリスがフランスの元から去るまでだ。
その後はスペインの王女がイギリスの皇太子に嫁いで両国が婚姻関係で結ばれるなどハラハラする時期もあったが、幸い当時のイギリスの上司達や権力者は、まだ若年の祖国が他国に傾倒することを恐れ、スペインと会わせる事を避けたのでホッとした。
その後、徐々にすれ違い始める両国それぞれにお互いに対する敵対心を煽るような事をささやき続け、両国がそれぞれ相手に悪意を持たれていると思って接触を避けるうちに、イギリスはおそらくスペインの守備範囲外の年齢に育って完全に一安心したのだった。
なのにこの不安はなんなんだろう…と思う。
とにかく一刻も早くスペインからイギリスを連れ戻さなければならない…。
そんな焦燥心を抱えながらスペイン宅に着いたフランスの目の前で繰り広げられているのは、信じられないような光景だった。
イギリスを嫌っているはずのスペインがデロデロにイギリスを甘やかし、自分には滅多に素直な態度を見せないイギリスが、口では素直ではないことを言いながらも、そのドロドロに甘ったるいスペインの好意を警戒もせずに躊躇いも見せずに受け入れている。
悪い冗談だ…と思う。
いや、実際にそう口にした。
「なあに?エイプリル・フールは今日じゃないよ?
行く末を契ったって…なあに?お兄さんを騙そうとしてる?」
フランスは目的のためには実はタヌキにもなるスペインをスルーで、プライベートになると途端に嘘が下手になるイギリスの方へと矛先を向けた。
うっ…と、イギリスの目が泳ぐ。
ああ…これはもしかして、イギリスが逃走する前に自分が手を出そうとしたから警戒して嘘をついたのか…と、フランスは内心苦笑した。
「坊ちゃん、あの時はアメリカの事でちょっと焦っちゃったんだけど、すぐにどうこうしたいとかじゃないから。
坊ちゃんが急激な変化が苦手だって言うのは知ってるからね。
坊ちゃんが怖いなら、ちゃんと待ってあげるから…」
「違う」
フランスの言葉を遮ってイギリスはフルフル首を振った。
「も~、お兄さん相手にいまさら見栄張っても仕方ないでしょ?」
笑って言うフランスに、イギリスは耳まで真っ赤にして、その大きな瞳を潤ませる。
――ああ…そろそろ間に入ったらな…
そう思ったスペインが、
「あのな…」
と、口を開くのとほぼ同時だった。
「嘘じゃねえよっ!俺とトーニョはぶっちぎりの仲だっ、ばかあ!!」
叫んでイギリスはぎゅうっとスペインの首にしがみつく。
ふはっ…と、スペインは吹き出した。
「…笑うなっ…ばかぁ!」
グスグス鼻をすすりながら言うイギリスをぎゅうっと強く抱きしめながら、スペインはまたその頭を撫でてやる。
もう可愛すぎてどないしよ…と思いつつ、
「堪忍なぁ。アーティがあんまかわええから。
うん、恥ずかしがり屋さんのアーティにしてはめっちゃ頑張ったな。
よお頑張った」
と、イギリスのバラ色の頬にスペインはちゅっちゅっとキスを繰り返した。
そして正面を振り返り
「アーティ恥ずかしがりやから、もう堪忍したってや」
と、フランスに向かってニヤリと笑う。
その勝ち誇った笑みに顔をひきつらせながら、それでもフランスは
「一体どうなってるのかな?何か裏ワザでも使った?」
と笑みを浮かべた。
「裏技ねぇ…使ったらあかんそれを使うたんは自分のほうやないん?
ここで言うてええ?」
そう言うスペインの声は何か確信を持っている。
言わせてはいけない…と瞬時に判断して、フランスはスペインの肩に顔を埋めているイギリスに見えないように小さく両手をあげた。
それを了承と受け取って、スペインは、アーティ…とイギリスに声をかけた。
「ロマにおやつもろうておいでや。
今日はティラミス言うとったから。好きやろ?」
コクコクうなづくイギリスの様子に、
――可愛い子分まで使ってるのか…
と、フランスはため息を付いた。
「ロマ~、アーティにおやつ用意したって?!」
と、キッチンに向かってそう叫べば、
「もう用意できてんぞ、てめえこそ抱え込んでねえでさっさと寄越せっ!」
と、当たり前に返ってくる。
あれほどイギリスを怖がっていたロマーノを説き伏せてまでとは恐れ入るというか…スペインの本気を感じる。
「ほな、ロマがキレて親分頭突きに来んうちに、行ったって?」
スペインはそこでようやく腕の力を緩めると、またイギリスの頬にキスをして、イギリスもスペインにキスを返し、ダイニングへと消えていった。
「さあて、ほな、本題に入ろか…」
スペインのその言葉を合図とするように、ダイニングへ向かう方の通路をプロイセンが、廊下へと向かうドアをドイツがそれぞれ塞ぐ。
――あれ?お兄さんなんだか囲まれてる?
苦笑してとりあえず悪友の一人であるプロイセンの方へと視線を向けると
「ワリイな。…道義的な意味でも、我が身可愛さ的な意味でも、今回俺様はスペインサイドだ」
と、最後の頼りのはずのその悪友は小さく肩をすくめてみせた。
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