悔恨
異変に気づいたのは更に数時間たった明け方に近い時間だった。
手の中が妙に熱い。
パチリと目を覚ましたスペインの目に入ってきたのは黄色い髪の下で真っ赤になっている顔。
ゼイゼイと苦しそうな呼吸に一気に眠気が消えて、ピタっとその額に手を当ててみると、ありえないほど熱い。
スペインが飛び起きてとりあえず救急箱を取りに行こうとすると、クン、と、パジャマの裾を引っ張られる。
「なんや…目覚しとったんなら言いや。
こんな熱でしんどかったやろ」
何も言わずに不安げに見上げる目に、ひどく胸が痛んだ。
見捨てられるのを恐れる子どものような視線。
その縋るというにはあまりに弱々しく掴まれた裾に視線を落とすと、その視線を勘違いしたのか、おずおずと掴んでいたその手はあっけなく放される。
「…迷惑かけて…悪い。俺の方が出て行くから……」
呼吸をするのも苦しそうな口から漏れる小さな小さなそんな声に、スペインは息を飲んだ。
もしかして寝入るまでの自分のわずかな迷いを感じ取っていたのだろうか…。
それでこんな状態のイギリスを置き去りにすると思われた?
そんな状況に胸が締め付けられそうに痛む。
「ちゃうよ?しんどそうやったから救急箱とか取りに行こう思うててん」
即そう答えたスペインの言葉を果たして信じたのか…いや、信じてない気がする。
イギリスはそれには何も答えず、ただ諦めたように小さな笑みを浮かべて、次の瞬間ひどく咳き込んだ。
「アーティ、大丈夫かっ?!苦しいん?!」
苦しくないわけがないのだが思わずそう聞くと、イギリスは咳の合間に、苦しくないから、大丈夫だから放置しろと言う。
そう言っておいて自らの身を守り隠すように身体を小さく丸めて身を固くした。
他者を隔絶するようなその様子にスペインは泣きそうになった。
痛々しくて可哀想で…しかし頼ってはダメだと思わせたのは自分の迷いだったのかもしれないと思うと、たまらない気分になる。
急いで救急箱と額を冷やすように水を張った洗面器とタオルを持って戻ってきた時には、イギリスはもう眠ってしまっているようだった。
――堪忍な。親分失格やんな。頼ってきた子、突き放してもうた…
ゼイゼイと苦しそうなイギリスの熱くなった額にタオルを乗せてやりながら、ズドーンと地の底まで落ち込むスペイン。
明日は美味しいもんでも作ったろ…と、思いつつそのまま涙目で朝日を見た朝……
――ひどなってる?!!
真っ赤だった顔からさ~っと血の気が引いてカタカタ震えているイギリスを前に、今度は自分も真っ青になった。
「アーティ?!な、大丈夫か?!」
眠っていると幼くて弱々しく感じるその様子に、スペインは本気で泣きだした。
長い長い時を生きている国だ。
昔…まだ医療が発達していなかった頃には子どもが高熱を出して衰弱死していくのを何度も見ている。
近年はもう誰かと一緒に住むこともなく、体調をくずす人間を見ることもなかったため、スペインの病人に対する認識ははるか昔のそんな時代で止まっていた。
あかん…この子死んでまうかもしれん…。
相手が国だという認識は頭の中からすっとんでいた。
とにかく医者に見せなければ!!
思い込んでからは早かった。
イギリスをそのままブランケットに包むと、車の後部座席に乗せて街まで車を走らせる。
自分では当然医者になどかかったことがなかったから、通行人をつかまえて病院の場所を聞くと、そのままイギリスを連れて駆け込んだ。
「お願いやっ!この子助けたってっ!!」
いきなりブランケットに包んだ人間を抱えて受付で号泣する男を前に、受付の老婦人は目を丸くした。
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