The escape from the crazy love_3_2

触れ合い

昨日の夜までは1人で過ごすつもりで支度をしていたため、用意していた物は全て1人分だったが、それでも数日分は用意しているため、一人増えて足りない分はなくなった時にでも街のマーケットに買いに行けばいい。

こうしてスペイン的にはなんにも問題もなく始まった休暇だった。


長らく使ってなかった室内は少し埃っぽかったが、着いたのが夜だったので明日大掃除をすることにして、その日は持ち込んだ食料で軽い夕食を摂り、暗くなればもうすることのない場所でさあ寝ようとなった時、ハッと気づいた。

ベッドがひとつしか無い…。

「あ~そやった。ここ人呼んだ事ないさかい、客室ないんやった~。
アーティ、ベッド使い。親分ソファで寝るさかい」

まあ今日はそれでいいとして明日からどうするか…。

1年の休暇を取っているらしいイギリスと違い、スペインの休暇は2週間だ。
その2週間のためにベッドを買うかというと悩むところなのだが、2週間ソファ生活というのもまた悩むところである。

ベッド自体はキングサイズなので広くて、これがロマーノや悪友など慣れた間柄なら一緒に寝てしまうのだが、パーソナルスペースが狭いスペインと違って、イギリスはそれが異様に広い。

昨日イギリスが逃げ込んできてから、癖でやたらとその頭を撫でるスペインだが、し慣れている人間が無意識にやっていることですら、最初の頃は手を伸ばすたびにビクっと身をすくめていたくらいだ。
他人と雑魚寝など出来ないだろう。

そんな事を考えながらもとりあえずそう言うと、ソファの上で膝を抱えていたイギリスは

「いい、俺寝れないかもだし、ここにいて寝れるようなら寝るから…」
と言って膝に顔を埋める。

スペインは小さく息をついて、その隣に腰を下ろした。
その気配にすら一瞬身をすくめるイギリスといると、まるで小動物を手なづけている気分になる。

「ずっと寝てへんのやない?」
と、だいぶ慣れてきたのかそれには驚かなくなった頭を撫でる行為。

驚かなくなったどころか、無意識にスリっと手に擦り寄ってくるのに、なんだか親分的何かがキュンキュン刺激される。

「俺ら国やから死なへんかもしれんけど、身体壊すで?」
と、さらに続けると、膝に顔を埋めたままでくぐもった答えが返ってきた。

「…寝れないんだ……目をつぶると色々怖い事思い出す……」

確かに…イギリスにとって他人との触れ合いは元々優しいモノじゃなく、怖いモノだったのだろう。

兄達の暴力を振るう手、自分を踏みにじろうと侵略の刃を向けてくる他国…そんな中で争いはしたもののお菓子をくれたり優しくしてくれていたフランスや純粋な温かさを感じさせてくれた幼いアメリカが唯一自分を傷つけなかった他人との接触で…その双方からそれが好意からくるものだとしても暴力的とも取れる一方的な接触を求められて、人慣れない島国は怯えている。


「なあ…他人といることは必ずしも怖いことやないんやで?」

まずそこから教えてやらねばならない。
ゆっくり…怯えさせないように……

膝に埋めた顔を横にしてスペインに視線を向けてくるイギリスににっこり微笑みかけながら、スペインは自分の頬を指でツンツンと突いた。

「ほっぺ、チュウしてみ?親分からはなんもせえへんから、大丈夫やで?
家族なら普通にやることやし、ロマもちっちゃい頃はやっとった」
そう言うとイギリスのペリドットが戸惑いに揺れる。

そこでスペインは言ってやった。

「あー、嫌やったり怖かったら、別に手つないだり、肩叩いたりでもええねんけどな。
たぶん自分な、島国やさかい他人との接触にめっちゃ慣れとらんのが、そこまで怖なる原因の一つなんやと思うわ。
日本ちゃんとかもそういうとこあるやんな?」


自分だけではなく日本の名前を出された事が少しイギリスの気持ちを楽にしたのだろうか…少し緊張を解ける気配がする。

ペタっと肩に置かれる手。

恐る恐る近づいてくる体温がなんだかくすぐったいが、ここで動いて驚かせたらここまで近づいた距離があっという間に離れてしまう。
我慢だ。

チュッとかすかに頬に触れる唇は、子どものそれのようにぽってりと柔らかい。


「な?別に怖ないやろ?」

と笑ってやれば、子どものような動作でコクリと頷き、座っていた距離が少し近づいて、コテンと黄色い頭が肩にあずけられる。


「なんやろなぁ…難しく考え過ぎなんや。
ま、自分が育った環境やったらしゃあないかもしれんけどな」


――親分の手な、
と、スペインは自分の手を顔の前にかざした。

「自分の事殴る事も撫でる事もできるんや。
せやけど、殴られるのは痛いし嫌やろ?
そしたら、殴らんといてって言えばええねん。
そう言われれば親分かて殴るて選択捨てて、この手を撫でる事に使ったるやん。
皆それぞれ考えとる事が違うから、口に出さなわからんこともあるし、特に自分は島国でちょっと他と接する事が少ない分、共通の認識ができとらんこともある。
せやからここにおる間は親分相手に、自分の本当の気持ちを伝える練習し?」

「…眠い……だけど怖い……」

色々が限界だったのだろう。
思考がもう朦朧としているようで、それでもどうしたらいい?とばかりに見上げてくる丸く澄んだグリーンアイに目を奪われる。

「さっそくやな。アーティはええ子やね」
スペインは小さく破顔して、その小さな頭を自分の方へ引き寄せると、胸元に押し付けた。

「…聞いてみ?心臓の音、トクン、トクンて聞こえるやろ?
人間はこの音で安心して眠れるらしいで?
試してみよか」
そう言いつつ、小さな声でゆったりとした子守唄を歌ってやる。

昔小さなロマーノにもよく歌ってやった歌で、なんだかスペイン自身も懐かしい気分になった。

スペインはこんな親愛に満ちた優しい時間が好きだ。

そんな温かいものに満ちていた時代を懐かしむために用意したこの家で実際にそんな時間をまた過ごすことになるとは思っても見なかったが……。


頭を支えているのと反対側の手でもぽんぽんと眠りを促すように背を一定のリズムで叩いてやれば、おそらく数日間もロクに睡眠を取っていないであろうイギリスはすぐうつらうつら始めて、やがて完全に身体から力が抜けきった。

眠っていると更に幼さが増すその顔にスペインは思わず笑みを浮かべる。

この子は国のイギリスではない。
自分が拾ってきた手の内で守ってやるべき人慣れない子ども、アーティだ。


よいしょっという掛け声とともにスペインはイギリスを抱き上げて寝室に向かうと、熟睡中のイギリスをベッドに寝かしてやった。




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