始まり
――バラの花束を抱えて来られたんだ……
逃げこんできたその夜はそのまま貯蔵庫にブランケットを持ち込んで過ごし、早朝にランチを作ってすでに荷物を積み込んであった愛車に飛び乗った。
昨日は膝を抱えたまままんじりともしないで過ごしたイギリスを陽の光の下でよくよく見れば、目の下に隈がはっきり浮かんでいる。
これは昨日1日じゃなく、数日分やな…と、スペインは心の中でのみそんな事を思った。
…いわく、バラの花束を抱えてこられたんだ…と。
誰に?などと野暮な事はさすがに聞く気はない。
KYと言われているのは普段は興味のない事を殊更考える事をしないからであって、決して察しが悪くてわからないわけではないのだ。
――そっか。それで?嬉しくはなかったん?
うながし過ぎても全く反応しなくてもおそらく閉じてしまうであろう口を更に開かせるため、適度な相槌を打ち、2択で答えやすいであろう質問を投げかけると、イギリスは少し考えこむように黙り込んだ。
その後考えがまとまったのかぽつりぽつりと話し始めたのはこんな話だった。
半月ほど前、夜中に突然バラの花束を抱えて来たアメリカに好きだと言われた。
独立以来なにかと馬鹿にしたような態度を取られたり、きつい拒絶の言葉を吐かれたりしていたのだが、『それは素直になれない照れ隠しだった。素直になってイギリスと親しく付き合いたい』そう言われて嬉しくてうなづいた。
いくら大きくなっても自分が愛情を込めて育てた子どもなのだ。
そう言われて嬉しくないわけないではないか。
ぜひ寝室において欲しいと言われて花束と一緒に送られた重厚な写真立ての中で笑うアメリカ。
もちろんイギリスとしても断る理由など無い。
こうして自宅に写真を飾るなんて、本当に家族に戻ったんだなと実感した。
その日は遅かったので泊まっていけと言ったが、アメリカはどうやら忙しい時間の合間をぬって自家用機で飛んできたらしい。
「どうしても手遅れにならないうちに急いで伝えたかったんだぞ☆
すごく残念だけど明日も仕事だから」
と、帰っていった時には、感動した。
そんな一刻を争わなくても自分が自分の育て子を嫌うわけないのに…そこまで必死にすがってくるなんて、昔に戻ったみたいだ…と、ほわほわと幸せな気持ちになった。
――本当に幸せだと思ったんだ……
ぽつりとこぼされる本音と涙。
育て子が可愛いという気持ちはスペインにもよくわかる。
ロマーノは言うにおよばず、昔兄のオランダと一緒に出て行ったはずのベルギーが1人で和解を求めてきた時も、そのオランダが近年になって一緒にハローウィンの仮装を楽しむくらいになってきた時も、どんな宝を手にするより嬉しかったのをスペインは覚えている。
どれだけ手を振り払われても、育て子は愛おしいものだ。
そんな風に相槌を打っていると、イギリスの話は続いていった。
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