――怯えて泣いとるかもしれんし、そんな子ぉには甘いお菓子やんなぁ…
キッチンへ戻って、丁度少し前にお茶請けにと作ったチュロスがあるのを思い出したスペインは、それを手に
――親分やで~。
と声をかけつつ3回ノックすると、床板を開けて中に入る。
「…飛行機の…音がしたけど……」
と、震える声で聞いてくるのに、スペインがまた床板を閉めて下に降り、
「あ~、アメリカが来たんや。」
というと、イギリスの大きな目がこれ以上なく大きく見開かれた。
恐怖が限界です…といった表情でカタカタ震えるその様子に急に憐憫の情が湧いて、スペインは大丈夫やで?と、イギリスの頭をまた撫でると、その震える手をとって手にしたチュロスをしっかり握らせた。
「自分が来たかって聞かれたから、来たけど迷惑やったから追い返したって言うたらすっかり信じこんですぐまた飛行機で飛んでいったわ。
フランからも電話かかってきたんやけど、同じように言うたらやっぱり信じてすぐ切ったから誰も自分がここにおるとは思ってへんよ。
ええからちょっとチュロスでも食って落ち着き?」
そう言って微笑みかけると、イギリスはコクコクと頷いて、黙ってチュロスをかじりはじめた。
両手に持って少しずつはむはむしている様子はまるでリスのようで、齢1000年を超える老大国にはとても見えない。
「美味いか?」
と思わず笑うと、まんまるい目でキョトンとスペインを見て、コクコクうなづく。
――あかん…こいつ食うてるとかわええわ。餌付け楽しい言うフランスの気持ちわかってもうた。
思わずクスクスと笑いが漏れるスペインをイギリスは不思議そうに見上げた。
「お前…俺の事きらいだったんじゃないのか?」
食べ終わって口に砂糖をつけたままそう言うイギリスに、
「別に嫌いちゃうよ。好き言うほどの思い入れもないけどな」
と、笑いが止まらないまま口についた砂糖をぬぐってやりながら答えると、イギリスは目をぱちくりとさせてコテンと首をかしげた。
幼児じみたその仕草が可愛らしいと思う。
そう言えばこんなに無防備なイギリスを見るのは初めてかもしれない。
昔上司が婚姻関係を結んでいた頃もお互いあまり関係が良好とは言えない微妙な状態だったので、親しくはしていなかったし、その後は敵対しているか、共闘していても大抵は自国の方が立場が弱かったから当然頼って来られることなどない。
平和になってからもなんとなく疎遠で、こんなふうに仕事以外で一緒に過ごしたことは無い気がする。
そんな事を考えていると、ようやく落ち着いてきたのか、イギリスは
「そうか…悪い…迷惑かけたな。」
と、ショボンと特徴的な太い眉尻をさげて言った。
「まあ、ええよ。
なんのかんの言うても親分は欧州では古参やしな。
EUって枠組みが出来て国同士の潰し合いとかがのうなったら、どこぞの変態やないけど、みんなの兄貴分やん。
遠慮のう相談し?あ、お金の事以外やけどな」
そう付け足すとイギリスは小さく笑った。
皮肉を含んだものでも高笑いでもなく、普通に笑うと本当に幼く無邪気に見えて可愛らしい。
もしかして…こいつロマみたいにちっちゃな頃に引き取ったって、ロマみたいにベタベタに甘やかして育てたったらこんな風に無邪気に安心しきったみたいに笑っとったんやろか…そんな考えがふと脳裏をよぎったが、スペインは慌てて首を振ってその考えを頭から追いやる。
可愛い可愛いロマと比べるなんて、いくらなんでもほだされすぎだ。
「で?なんで自分逃げとるん?」
自分の脳裏に浮かんだ考えを振り切るようにスペインがそもそもの要因について聞くと、それまでふんわりと笑みを浮かべていたイギリスがピキ~ンと凍りついた。
人間の顔色と言うのはこんなに急激に変わるものなんだろうかと思うほど見る見る間に真っ青になっていき、大きなペリドットにはまた涙が溜まっていく。
あ~…やってもうたかな…。
「ええよ。言えるようになってからゆっくりでええから。
とりあえず…自分が逃げとるのはアメリカからやんな?フランスは?」
感情が高ぶると言葉がとっさに出てこない子どもの面倒は数世紀にわたってみてきたので、慣れている。
スペインはまたイギリスの頭を胸元に引き寄せて、なだめるように背中をトントンと叩いてやりながら、それでも最低限必要な事だけは聞いてみた。
イギリスはヒックヒックと相変わらずシャクリをあげながら、
「…両方……」
と答える。
どうやらフランス相手にも追い返したと伝えたのは正解だったらしいと、スペインは安堵の息をついた。
そこで一応
「他は?誰か逃げとる相手おるん?」
と、聞いてみるが、イギリスは首を横に振る。
あ~、厄介な事に巻き込まれてもうたかもなぁ…と、世界の超大国とドイツと並ぶEUの中心的人物を敵に回す予感に、スペインはチラリとそう思うが、自分だけを頼りきって逃げてきた子どもを突き放す事ができるようなら親分などとは名乗っていないわけで…
「ま、ええわ。親分これからバカンスで、明日から別宅やねん。自分も付いてき」
と、スペインは、しっかりしがみついている自分より一回り細い体を抱きしめ返して、そう言った。
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