(…そろそろ帰ってくる時間かな…)
まだ自分では食べられないもののスプーンを握るのは大好きなアーニーがハイテンションになってスプーンを振り回し始めるのが、ギルベルトの帰宅の合図である。
不思議な事もあるものだ…と思いつつ、もう別に実害があるわけではないしいいか…と、アーサーもそれを流す事にしている。
もちろん興奮し始めると離乳食が進まなくなるわけなのだが、それはギルベルトが帰ってから食べさせれば問題はない。
というか、最近はむしろその時間に合わせて離乳食を作る準備だけしておいて、離乳食はギルに作ってもらっている。
なんというか…アーニーはギルが作った離乳食が好きなのか、アーサーが作った物は食べてくれないのだ。
以前なら自分の弟なのだから自分が作らなければ…と義務感で押しつぶされていたかもしれないが、ギルベルトはアーサーがそうなるたび、ケセセっと少しそれはコミカルな特徴的な笑い声をあげて、言ってくれたのだ。
「育児書とかには色々書いてあるし、法的には色々あるんだけどな、結局赤ん坊の都合が最優先だぜ?
血がつながってないとしても、アーニーは未来の納税者で、俺様が爺になった時の年金はこいつが懸命に働いて払った税金で支払われる事になるし、俺様がずっと生きていく世界を作る役目はこいつに引き継がれていく。
同じ世界に生きている限り俺達は確実に繋がってる。
だから、大丈夫。
今はまだ保護が必要なら、こいつが1人楽しく余裕綽々の俺様に堂々と保護を求めても全然問題ないぜ?」
それ別にしても赤ん坊は可愛いしなぁ~。
今の時代、自分か親族以外の子なんか声かけただけで通報されちまうから構えねえし、ラッキーだぜ~なんて楽しそうにアーニーをあやしてくれる様子を見ると、本当に許容されている感じがして、安心する。
アーサーが大学に行っている間はギルベルトが雇ってくれたシッタ―がみてくれるし、休みの日は一緒に買い物に行ってアーニーのモノを色々買ってくれるし、時には自分が見てるからたまにはゆっくり休めと言ってアーニ―の世話を引き受けてくれる。
まあ…ギルベルトが体格が良いためかアーサーの体格が悪いためか、2人で赤ん坊を連れていると…しばしば自分がアーニーの母親、ギルが父親に間違われるのは困りものだが、それも“家族”という感じがするから、悪い事ばかりではない。
というか、実際、父親が亡くなろうと亡くなるまいとアーサーは3月で大学を卒業するので就職をと思っていたわけなのだが、そうなると学生時代と違ってアーニーをフルタイムでどこかに預けなければならない。
そう思うと途方に暮れた。
するとギルベルトはなんとアーニーの手が離れるまでは自分が生活の面倒をみてやるから、家でアーニーをみていてやれとまで言ってくれたのだ。
いや、それはさすがにないだろう。
ギルベルトにはギルベルトの生活があるだろうし…と、固辞したわけなのだが、彼曰く
「ん~、俺様わりと高給取りだし?
アルトと赤ん坊くらい余裕で養えるから、気にしなくていいぜ。
それなりに人脈もあるから、アルトが今後働きたくなったら就職先の世話もしてやれるし。
アルトがすぐ働きたいってんなら面倒見てやるけど、そうじゃねえなら一度しかねえ赤ん坊時代のアーニーと過ごせる時間を少し堪能してみるのもいいんじゃね?」
俺様も帰宅して自宅に灯りがついてたら、なんか嬉しいしな…と、その言葉にそうつけ足されると、赤ん坊を抱えてなるべく早く帰れる上に、何かあったら身内のいないアーニーのために休みやすい職場を探さなければ…と悩んでいたのもあって、ついつい気持ちが傾いた。
なるべく自立しなければ…とは思うモノの、ギルベルトの言うようにアーニーの都合を一番に考えてやるのだとしたら、せっかく差し伸べてくれる手を拒むのも考えてしまう。
結局踏ん切りがつかないまま、叔母が頑張って親戚の反対を押し切って確保してくれた母方の遺産で一生暮らして行くには当然不十分ではあるものの2,3年は食べていけるだろうと、就職活動を中断して、当座はアーニ―の面倒を見ながら暮らす事にした。
まあ…何かあったらギルベルトが助けてくれるのでは?という甘えがその中にあったからこその決断というのは確かなのではあるが……
「…そろそろギルが帰ってくるかな」
と、スプーンだけ持って楽しげに振り回しているアーニーのふっくらした頬をぷにぷに突くと、アーニーはきゃらきゃら笑いながら、ぱぁぱ、ぱぁぱと繰り返す。
どうやらこれはギルを指しているらしい。
別にそう教えたわけでもなく、独身のギルに申し訳ないのでギルと呼ぶように修正しようとしたのだが、当のギルが喜んで
「お~!最初の言葉がパパかっ!!偉いぞ~~!!!」
と、全く修正する気もなく、むしろアーニーに対して自分を示す時にパパと教えてしまうので、それで固定されてしまった。
ちなみに…アーサーの事は何故か、あ~あとどうやら名前で呼んでいるらしい。
謎である…。
こうしてハイテンションのアーニーがぽいっ!と匙を放り投げると、たいてい数秒後にベルが鳴る。
「ぱぁぱをお出迎えするか?」
とそれにアーサーが立ち上がると、アーニーがきゃあぁ~と嬉しそうな声をあげるので、ベビーチェアから出して抱っこ。
「は~い」
と、アーサーはアーニ―を抱いたまま玄関へと走った。
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