赤ん坊狂想曲12

「じゃ、悪いっ!お先っ!!」

週末の今日も、いつものように勤務時間内にきちっと必要以上の成果をあげて、自身の帰り支度をしながら部下達の帰宅を見送ると、まだ残っているわずかな部下達には何かあったらメールで指示を仰ぐようにとくれぐれも言い渡して、ギルベルトは帰宅の途につく。

いつもと違うのは今日は花束とリボンのかかった大きな包みを手にしている事だろうか…。


「ギルちゃん、今日はお嫁ちゃんの誕生日か何かなん?」

とその後ろ姿に元年上の教え子でこの会社の会長の甥であるアントーニョが声をかければ、

「お嫁ちゃんじゃねえけどな。今日誕生日なのは正解。
あいつの好きなティディもこの通り届いたし、これから予約しておいたケーキの受け取りだぜ」
と、嬉しそうに箱を抱えて駆けだして行く。


「ありゃ、ギルちゃんのお嫁ちゃんて見た目、ミドルティーンみたいやったけど、プレゼントがぬいぐるみて、ほんま見た目通りの年にしても、それでええんかい…」

と、目を丸くするアントーニョに、ちょうど通りがかった悪友のフランシスが

「あ~、でもティディは大人でもコレクターがいるからね。
それよりお前、ギルちゃんの恋人みたことあるの?」
と、こちらは別の意味で驚いたように目を丸くした。



ギルベルトが自身の降格を申し出たのは今から半年ほど前の事である。
いわく…子育てで早く帰りたいからとのことだった。

そう言う事に関しては非常に順序を大切にしそうなのに結婚したと言う話は聞かない。
なのに子育て??と驚かれはしたものの、そういう冗談を言う人間ではないし、何か事情があるのだろうと言う事で納得された。

が、それはそれとして、会社側にすれば日中の分だけでもその仕事の有能ぶりは惜しい。
彼を前面にたてることでスムーズに行く取引関係もある。
ということで、残業をさせないという条件の元、そのまま課長職に留まらせることになった。

そんな事情があるものだから、当然周りの興味はその家族へと向かうのは不思議なことではないだろう。

結婚はしていない。
しかし恋人と一緒には暮らしていて、子どももいるらしい…。
プライベートを根掘り葉掘り聞くのはさすがにタブーなので、周りは色々な状況からそう結論付けた。


中にはツワモノも居て、

「お子さん男の子さんですか?
実は今の取引先が玩具の会社でおもちゃ頂いたんですけど、私は独り身なので宜しければ…」
などと、搦め手で特攻したら

「あ~、ダンケ。男だけど、でもうちのはまだ乳児だから」
などと当たり前に返された。


そこでさらに周りの女性社員が

「赤ちゃんっ?!いいな~♪可愛いでしょうねっ!
写真ないんですかっ?!」
などと言うと、

「おう、可愛いぜ~!ほら、みるか?!」

と、上機嫌で財布の中から出した写真を見せてくるので、実は赤ん坊の顔は周りには周知されている。


ただし赤ん坊の母親、ギルベルトの恋人らしき人物については誰も知らない。
…というか、

「普段はママがみてるんですか?」
と踏み込んだ質問をしたら、

「…いや…母親は亡くなってるから」
と返されたのだが、そこでギルベルトを狙っている女性陣が

「え?あ、じゃあ私休日子守りに行きましょうか?
赤ちゃん大好きなのでっ!」
と、勢い込んで申し出ると

「いや、同居人がみてるから…休日は俺様も一緒にみてるし、家族水入らずってことで…」
と言うので、母親はいないというのは実はプライベートに踏み込まれたくないための方便らしいというのが、大半の周りの見方である。

しかしながら…実際に写真などを見た人間はなく、真偽は定かではなかったので、アントーニョのその言葉には聞いたフランシス以外の周りも一気に静かになって耳をそばだてた。

「え?お前にはギルちゃん紹介してんの?
お兄さんには自宅に来るなとまで言ってるのに??」

と、同じ悪友として名を連ねる身としては若干納得がいかずに言うと、アントーニョは

「あ~、たまたま休日に公園行ったら赤ちゃん抱いたギルちゃんとランチボックスを抱えてバギー押してるお嫁ちゃん見かけただけや。
ギルちゃんが口にせえへんて事は知られたないんかなと思うて声はかけへんかったけど、お嫁ちゃん、お嫁ちゃん言うよりお嬢ちゃん言う感じやったわ。
めっちゃ若い…言うより、幼い感じやね。
でも赤ちゃんにそっくりな顔しとったからマドレに間違いないわ。
あれは…たぶんギルちゃんらしくはないけど、我慢できずに手ぇ出したらできてもうたんちゃう?
親御さんが許さへんで、駆け落ち同然で子ども産んで一緒に暮らしとるから、まだ“お嫁ちゃん”やないんかもな」
と、あっさりと肩をすくめる。


「…うあぁ……」

そのあたりは、他人は他人と、自分の事でなければ割り切るアントーニョと違い、逆に自分以外の恋愛関係においては情の深いフランシスは乙女のように両手を口元にあてて目を潤ませる。

「ちょっと…それで、ギルちゃん、不安定な環境の彼女と赤ちゃん守るために自分の降格を申し出ちゃったりしたわけ?
ちょっとちょっとちょっと!!それ早く言いなさいよっ!!
言ってくれたらお兄さんだって協力しちゃったのにっ!!」

「そうやって騒がれるの嫌で言わんかったんやない?」
と、それに対してアントーニョは冷めた反応を返すが、フランシスはブルンブルンと首を横に振った。

「何言ってんのっ?!
ようは親御さんの反対押し切って一緒になったから、お嫁ちゃんはドレスも着れてないんでしょっ?!
これはもうささやかでもドレス用意して式開いてあげるのが友達でしょっ!!」
「女子かっ」
「女子じゃないけど、女の子の味方のお兄さんだよっ!!」

とにかくサプライズだから事情は言わずにサイズ聞いておいてねっ!お兄さん親に衣装頼んじゃうからっ!!

と、ピシっと指を指してそう言うと、おそらく有名なデザイナーである自分の親の元へだ~っと駆けだして行くフランシスを唖然と見送るアントーニョ。

「…せやから…そういうのが嫌やから……って、もう聞いてへんか…」
と、やれやれと言った風に小さく首を横に振った。



 Before <<<    >>> Next  (2月23日0時公開)



0 件のコメント :

コメントを投稿