――おう。どうだ?少しは眠れたか?
目を覚ますと少しハスキーな男性の声。
ぼんやりと視線を向けると、そこには綺麗な銀色の髪に紅い目をした目の覚めるようなイケメン男性が、まるで何かのベビー用品のコマーシャルに出演している俳優か何かのように手慣れた様子で赤ん坊をあやしている。
状況が一瞬飲み込めずに、アーサーはぱちぱちと瞬き二回。
そして一気に記憶が戻って来た。
そうだ、引越しの挨拶に来た隣人が、あまりにひどい状態のアーサーに同情したのか赤ん坊の面倒を代わってくれたのだ。
そう、こんなにカッコ良くて仕事とかも出来る男っぽいのに赤ん坊の世話も慣れていて、アーサーの時は断固としてミルクを飲む事を拒否した弟が、彼が作ったミルクはものすごい勢いで飲みほしていた。
それだけじゃなく、彼に抱っこされるとあんなに不安げに泣いていた弟が安心しきったように泣きやんで、彼は手慣れた様子でおむつを変えてげっぷをさせて、その上で赤ん坊をみててやるから少し休めとアーサーに言ってくれたのだ。
その言葉で疲れ切っていたアーサーの記憶は途切れている。
おそらく眠ってしまったのだろう。
「あああーーーー!!!!」
と、完全に記憶が繋がって、アーサーは頭を抱えた。
「ごめんっ!ごめんなさいっ!!見ず知らずの人にっ!!!」
ありえないっ!引越しの挨拶に来ただけの相手に赤ん坊を預けてグーグー寝てたなんて、我ながらほんっとうにありえない。
しかし相手は呆れることもなく、綺麗な顔に優しい笑みを浮かべて、おそらくアーサーの記憶が定かではない可能性も加味してくれているのだろう、ゆっくりとした口調で
「ギル…な?ギルベルト・バイルシュミット。
この隣、502号室に越してきたリーマンだ。
お姫さんはなんて呼んだらいい?」
と、改めて自己紹介をしてくれた。
ここからは怒涛だった。
相手は大手企業のエリートサラリーマン。
1人子どもを育てあげたというし、アーサーですら知っている有名な大企業の課長だと言うので、若く見えるが実は良い年なのかと思ったら、なんと幼い頃に母親を亡くして、仕事が忙しい父親と一緒に親代わりとしてまだ赤ん坊の弟を育てていたとのことだ。
今回の引っ越しは、その弟が大学に入って1人暮らしを始めたので、相手に自立を促すとともに自分も子離れ…もとい弟離れをするために、距離を置くためだったのだと言う。
今週は有給を取っていて、開け放していた窓から聞こえたアーサーの泣き声を、育児ノイローゼの若い親かと気になって来てくれたそうで…ありがたい、本当に近所は大切だ…と実感した。
そして…イケメン、エリートという彼に対する認識に、アーサーはこっそりとイクメンの文字も追加する。
神は二物を与えずと言うが、あれは嘘だ。
世の中には何でも出来る完璧な人間というものが確かに存在するのだ…と、思い知った瞬間だった。
0 件のコメント :
コメントを投稿