赤ん坊狂想曲6


――施設に…いれた方が良いと思うのよ?

そう言ったのは叔母だった。


突然事故で亡くなった両親。
義理の母は若くて父とはほんの1年前に再婚したところで、大学に通うため1人暮らしをしていたアーサーとは数回会ったきりだったが、優しそうな女性だった。

父とその女性との間に生まれた弟はまだ生後1カ月。
確かに大学生のアーサー1人で育てるには荷が重いと思うのは当然だろう。


警察から連絡が来て、1人奇跡的に無事だった赤ん坊の弟を手渡されて、呆然としつつアーサーが連絡を取ったのは亡き実母の妹、アーサーの叔母である。

彼女にとっては弟は全くの他人だ。
それでも彼女はとりあえず育児経験など当然ないアーサーの手から一時的に預けられた弟にミルクをやり面倒をみてやりながら、しかしそれは一時的なこと、アーサーの手助けをするためにやっているのだという事を明らかにするがごとく、冒頭のように言ったのである。

アーサーの実の両親は格差婚で、母は財閥の令嬢、父は身よりのない一介のサラリーマンだったので、その婚姻は一族からは認められてはいなかったし、母がアーサーが幼い頃に病を得て亡くなった時には、ほら見た事かと後ろ指を指された。

そんな中で唯一遺されたアーサーを心配して何かにつけて気をかけ、手をかけてくれたのがその叔母だった。

だから今回もアーサーは彼女を呼んだわけなのだが、彼女にしてみれば弟のアーニーは完全な他人どころか、姉を死なせた男がその後に他に女を作って産ませた赤ん坊だ。
情がわくはずもない。

そもそもがアーサーの実母が家同士の政治的な理由で決められていた許嫁と実家を捨ててアーサーの実父に走ったあと全てを被って実家を継ぐことになった叔母は、アーサーに手を差し伸べてくれていた時点で、彼女自身もその事について親族から色々言われてきたくらいなのだ。

それでも実の甥で姉の忘れ形見だから…と、なにかにつけて面倒をみてきてくれた彼女は十分に優しい女性だ。

しかし彼女の夫はそうやってアーサーの実母が捨てた実母の実家の仕事上重要な関係にある財閥の次男だし、これ以上アーサーの家の方の諸々に手を差し伸べれば彼女自身の立場もひどく悪くなる。

それでももし遺された赤ん坊が姉の実子であるアーサーだったなら、彼女は手元に引き取り、育ててくれただろう。
しかし繰り返すがアーニーは彼女にとっては赤の他人よりもまだ距離のある赤ん坊だ。
今こうやってアーサーが呼んだら駆け付けてくれて、葬式が終わる間まででも世話をしてくれるだけ、ありがたいことだ。

それが分かってしまう程度にはアーサーは大きくなっていた。


「アーティの生活費は亡きお父様の遺産の中で本来は姉さんのものだった分の一部から出てるしね。
あなたの父親の諸々に関しては全部放棄してしまいなさい。
施設にいれる手続きまでだったら、あたしも手伝ってあげられるから…」

弟と言っても半分しか血がつながっていないし、この子はあなたの人生の重荷にしかならない。

愛情深くアーサーを慈しんでくれてきた彼女は、やっぱり慈しみ深い様子でそう言う。

彼女にとってはアーサーは愛すべき存在で、その分、赤ん坊はその愛する甥の人生の厄介な重荷なのだろう。

でも…とアーサーは思う。
母を亡くした幼い自分にとって、仕事がある父の代わりに保育園の運動会や授業参観、保護者会に来てくれる叔母は心強かったし温かかったし、今もだがいざという時に頼れる相手がいるという安心感は何ものにも代えがたいものだ。

一方で弟は…両親を亡くし、その両親は片や身寄りがなく、母方は大学生の息子がいる一介のリーマンとの結婚には反対で、縁を切られていると聞く。
現に亡くなった事を知らせても誰も駈けつけてはこない。

おそらく明日の葬式にも来ないだろう。

そういう意味ではこの赤ん坊である弟が心の拠り所にできるのは、この世でたった一人、自分だけなのだ。
そう思うと、見捨てる事なんて出来やしない。

両親の仕事関係の知人と叔母、そして自分だけの本当にささやかな葬式を済ませた後、アーサーは叔母に礼を言うと、それでも彼女の反対を振り切って、彼女が赤ん坊の面倒をみるために買いこんでくれていた諸々のベビー用品を積みこんで、タクシーで自宅へと戻った。




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