暑さでやられたらしい。
ぼ~っと虚ろな潤んだ瞳。
かすかに開いた小さな唇…
はぁはぁと小さな息づかいまで、全てがやばい……
非常にやばい……
………
………
………
………
………
ありていに言えば…色っぽい……
「とりあえず水分補給して休め。話はあとで聞いてやっから」
と、結局応急処置的にシャツのボタンを上から二つだけ外してやって、冷たい水を渡してやって……そして自分はひたすら屈伸をする。
でないと本気で状況とか諸々考えずに襲いそうだ。
なのにそんなプロイセンの気持ちも知らずに、イギリスはやっぱり潤んだ瞳でそんな風にひたすら屈伸しているプロイセンをぽやぁ~っと眺めている。
やめてくれ、本気でやめてくれ。
戦闘系の緊張には強いが、色事系には本当に弱いんだからなっ…と、言ったら色々終わる気がする。
だから耐える。
視線に耐えて…耐えて…耐えて…
ついに耐えかねて、しかし本当の事を言うわけにもいかないので、
――良いから飲めっ!
と、視線を外してくれればと思って、ピシッとグラスを指差した。
しかし色々ギリギリだった事もあって思いがけずキツイ言い方になってしまったらしい。
「…いきなり…訪ねて来てこんなんで…悪い…」
と、イギリスはしょぼ~んと肩を落とした。
あ~やらかした…と、思ったのも一瞬、プロイセンは即屈伸をやめてイギリスの前に立ってリカバリに入る。
頭をなでながら怒っているわけではなく心配しているのだ…と伝え、グラスを持った手を口元に誘導してやって水を飲ませると、イギリスはコクコクと素直に飲み干したが、やがて口元に消えて行った分の水分が、子猫のように大きな澄んだグリーンアイから零れ落ちた。
そしてその口から出てくる言葉はやっぱり
――…っ…ふっ…フランスっ…がっ……
…で、もやりと黒いモノがプロイセンの胸の内に広がるが、何でも安心して話せる相手を目指すのだから、そんなところを見せるわけにはいかない。
なので、おそらく押し殺しきれない複雑な表情を浮かべている自分の顔を見られないようにと、プロイセンはイギリスの頭を自分の胸に押し当てて、なだめるようにその背を軽くポンポンとたたいた。
慰めるため…そう見えれば良いのだが…と思っていたが、イギリスは微塵も疑う事なく、それどころか甘えるようにプロイセンの胸にコシコシと顔を擦りつける。
…可愛すぎて変な声が出るかと思った。
外見年齢23歳…そして国としての年齢は1000歳を超えるはずなのだが、これを素でやっているのだから凶悪だ。
(…あー、ちくしょうっ、可愛すぎんだろ、おいっ!)
心からそう思う。
これを意地を張って泣かせるなんてプロイセンからしたら本当に信じられない。
(…俺様なら…俺様なら絶対に泣かしたりしねえのに。大事に大事にしてやんのによ…)
今まで何度も思った事をまた思う。
思いながら、それでも冷静を装って
「…本当に…お前らよく喧嘩すんなぁ…。
その割にしょっちゅうお互い行き来するし……」
と言うと、即
「…あんな奴っ…大嫌い…だっ」
と返ってくる。
本当にそうなら良いのに……
てか、大嫌いになっちまえよ…
と、そんな事はありえないだろうなと思いつつ、
「おう、そうかよ」
と、プロイセンが相槌を打つ。
しかし次のイギリスの言葉
「…俺が…誰か好きとか言っても…好きだ…って…応えてくれる奴っ…いないっ…てっ…」
…で、プロイセンの中の“いつもの”状況がポロリと崩れた。
好き…と言って、好きだと応えてくれる相手が欲しい…
それがイギリスの望み…なら…?
「あ~、なるほどな。それで俺様んとこ来たのか」
と、何でもない事のように言ったが、その時数百年想いを閉じ込めておいた壁に小さな穴が開いた。
それは最初は小さな穴で…しかしすぐそこから穴は広がって行き、ついに壁がガラガラと崩れて消えた。
「ほいほい、わかった。じゃ、俺様に言ってみな?好きだって」
と言った時にはもう一つの決意が出来ていた。
泣かせる方が悪い…。
イギリスがそれを望んでいるんじゃなければ、別にイギリスの隣にいるのは必ずしもフランスじゃなくて良いんじゃないか…?
目は強い意思を持って…しかし怯えさせないように口元には笑みを浮かべて、まるで子どもに教えるように言ってやる。
「ほら、俺様ならちゃんと応えるって思ったから来たんだろ?
応えてやるから言ってみろ」
たぶん今イギリスは正常な判断力があるとは言い難い。
そこにつけこむ自分は卑怯者だと言う自覚はある。
でも絶対に欲しかった。
イギリスに対して卑怯な事をしているという負い目は一生自分が背負って行く。
卑怯な手を使って手に入れようとしているわけだから、本当に大事に大事に、世界で一番尊い相手にかしずくように大切に守って行く。
フランスに対しては…まあ自業自得なので心の中で軽く“悪いな”と詫びるのみ。
「…え……」
と戸惑うイギリスに、
「ほら、す・き・だろ?」
と、促すと、イギリスは言葉を覚えたての子どものようにたどたどしい口調で
「…す……き?」
と繰り返す。
それが実質GOサインになった。
そう、どういう状況であれ、イギリスは自分のことを好きだと言ったのだ。
もう手にいれる事にためらいはない。
何か吹っ切れた気分でプロイセンは
「よくできました」
と、イギリスの頭をくしゃりと撫でた後に
「俺様もアルトの事好きだぜ?」
と微笑んで見せる。
それにイギリスがホッと安心したような笑みを見せたことで、プロイセン自身もホッとした。
そして少し浮かれた気分で
「これで大丈夫か?」
と、またくしゃりと頭を撫でながら言うと、イギリスは拗ねたように
「大丈夫じゃない…」
と口にする。可愛い。
あまりに可愛らしい様子に
「ん?あとはなんだ?」
と、とことんイギリスの言い分に付き合うつもりで聞くと、イギリスは一つ一つ確認を始める。
「好きって言ったって事は告白したって事だ」
「おう?そうだよな?」
「お前はそれでお前も俺の事好きだって言ったって事は告白にOKを出したって事だ」
「ああ、そうだな?……それで?」
「…それで………」
全てを肯定してうながしてやると、イギリスはこくんと小首をかしげて考え込んだ。
おそらく…ただ誰かに好きだと言ってもらうまでしか考えていなかったのだろうと思う。
そして…それがイギリスにとっては非常に困難な課題で…それを達成するためにいっぱいいっぱいだったのだろうと思うと、愛しさと憐れさがこみあげた。
「告白してOKして欲しかったんだ…」
「おう、そうみてえだな」
「で…どうすればいいんだ……」
と、案の定そこまで言ってまた考え込むイギリス。
これは…チャンスだ。
「とりあえず付き合えばいいんだろ?
今から俺はアルトの恋人な?」
なにげなくを装ってそう言った。
でも実際はすごくドキドキしている。
…これを否定されたら……今まで慎重に積み重ねて来た立ち位置さえ失う可能性がある。
本当に自分の方が緊張で泣きそうな気分で、でも飽くまでそれが当たり前のようにポーカーフェイスを貫いているプロイセンの目の前で、イギリスがこっくりとまた子どものように頷いた。
この時のプロイセンの嬉しさなんて、誰も想像できないだろう。
なにしろ数百年もの片想いを引きずって、完全に諦めていた相手がころんと自分から転がりこんで来てくれたのだ。
(…※幸運の女神は前髪しかねえ…だっけか?)
と、ふとそんな格言がプロイセンの脳裏を横切った。
そう…だから“今”掴まなければ!!
「じゃ、今日はゆっくり休んで、明日とりあえずおそろいの指輪買いに行くぞ?
俺様はちゃんとアルトの事好きだし真面目に考えてるからな?
とりあえず結婚前提にした付き合い始めて、交際重ねて一緒に暮らそうな?」
「…す…き?」
「おう、好きだ」
たどたどしい問いにはっきり応えてやれば、イギリスがふわりと嬉しそうに笑って、プロイセンも笑った。
賽は投げられた。
もう後には引けない。
とにかく早急に形式を整えて既成事実を重ねていかねば…。
「とりあえず日に当たりすぎて疲れてるみてえだから、アルトは少し休んでろ。
俺様はその間に部屋と飯用意してやるからな?」
と、ブランケットを持ってきてイギリスをそのままソファに寝かせ、プロイセンは今後の計画を練ることに没頭する事にした。
※幸運の女神には前髪しかないため通り過ぎた後、あわてて捕まえようとしても後ろ髪がなく掴む場所がない。
見えた瞬間に掴まないとチャンスを手にすることはできないという諺。
Before <<< >>> Next (1月11日0時公開)
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