恋人様は駆け込み寺_10章_2

「…爺ちゃん…やっぱエンリケが可愛えんやんな。
俺がいくらええ子でおっても、いっぱい褒められる事しても、爺ちゃんにわらいかけても…爺ちゃん、いつでもムスっとしとるエンリケ気にしとるんや。
俺の事は見てくれへん…。」

温かいものが肩を濡らしていく感覚に、アーサーはアントーニョが泣いていることに気づいて驚いた。
あの自分より年上で自分より強いはずの男が子どものように心細げに泣いている。
そしてポツリと零される
――寂しい…
の一言に、何故か胸がキュンとする。

まるで大型犬を抱きしめているような気分になって、
「大丈夫。俺が一緒にいてやるからな?」
と言えば、
「ほんま?」
と、顔をあげて、涙で濡れた瞳でニコリと微笑む様子は、思いがけずあどけなくて可愛らしく、あるはずのない母性本能がひどく刺激されて、思わずおそらく自分からは初めてくらい、唇を寄せてその鼻先にちゅっとキスを落とした。
「なあ…ほんまにほんま、ずっと側におってくれる?」
と上目遣いに可愛らしく言われれば否と言えるはずがない。
頷くアーサーを抱きしめるアントーニョ。

それをキッチンの方の入り口から覗いている悪友二人…

「やっぱね、あれがポイントよ。」
「ああ?」
「トーニョとエンリケの差はね、トーニョは無駄なプライド持たないの。
時にはああやって目下に弱い自分を見せるのも、有効だと思ったら全然躊躇わないし。
無意識の人たらしなんだよねぇ…」
「…なるほどな……」

確かにあんなふうに年下の恋人に可愛く甘えてみせるなんて、エンリケには出来そうにない所業だ。
というか、自分にも無理だ。

人間は恐怖より不安に耐えられないものだ…と言ったのは誰だったか…。

善意も悪意もわかりやすく、元気も弱気もそのまま隠さず見せる…。
嫌いでもエンリケのように裏で中傷したりせず、見えている嫌悪が全てである。
もちろん好きなのも全身で示す。
恋人としては好みもあるだろうが、わかりやすく裏表がないアントーニョは、付き合う人間に安心感を与えるのだろう。

ただそれだけのことで、これだけ明暗が分かれるというのは、やはり人というのは意外に自分に自信がなく、他人の目が気になる生き物だということだろう。

かくいう自分だって、人の目は人一倍気になる男だ。
しかしフランシスにしてもアントーニョにしても、隠れた悪意を感じたことはない。
それが長い間付き合ってこれている一番の理由なのかもしれない。

こうしてイチャつき始める恋人達の様子に、フランシスとギルベルトは、馬に蹴られないようにとソッとリビングを迂回して、マンションを後にする。

翌日からは若干好奇な目でみられたものの、大半は事情を薄々気づいていたため同情的で、さして混乱もないまま時は流れていった。




 Before <<<       >>> Next


0 件のコメント :

コメントを投稿