恋人様は駆け込み寺_9章_2

「よお、待たせたな。」

――放課後…16時に放送室で待つ。あんたがやってきた諸々の証拠あるからな。来なきゃこれをアーサーに見せるぜ?

俺様マジ悪役っぽくね?と思いつつ前日夜、自宅に戻ってから即送ったメールには――わかった――とただ一言の返答。

翌日の放課後、アントーニョとアーサーを帰宅させてから16時ぴったりに放送室を訪れれば、遅刻魔と噂される呼び出した相手は遅れるどころか、早めに来ていたらしい。
放送部の後輩経由でこっそり入手した放送室の鍵を手に中に入れば黙ってついてくる。

中に入ってドアを背に、ガチャリと中から鍵をかけても、エンリケは気にする様子もなく、椅子の背に行儀悪く腰を掛け、
「で?何の話なん?」
と、聞いてきた。

さあ、ここからが勝負だ。
ギルベルトは手にしたファイルをポンとエンリケに投げてよこした。

そこにはギルベルトに送ってきたメールや添付された写真、その写真から割り出した位置情報の地図のスクショ、ギルベルトの家に強襲をかける旨を告げているラインのログ、ギルベルトの自宅の窓に壁に血で『呪ってやる!』と落書きをしているエンリケの姿の写真、窓から採取した指紋や、昨日ロヴィーノから送られて来た写真など、諸々がファイリングしてある。

黙ってそれを開いたエンリケは、ページが進むに連れて青ざめていく。
そりゃあそうだろう。
そんな事をしていると知られれば一般的にどう思われるかまでわからないわけでは、さすがにない。

「俺の要求はただひとつだ。
いい加減アーサーにつきまとうの止めてやれ。」

おおよそ目を通し終わったあたりでギルベルトが静かにそう言うと、ブルブルと震えながらそれを見ていたエンリケは、いきなり、バン!!!と、それを壁に投げつけた。

「どいつやっ?!!!どいつが裏切ったんやっ?!!そいつをまず殺したるわっ!!!」

普段の静けさとは一転、大声で怒鳴り切れるエンリケ。
アントーニョもよく叫び、騒ぎ、怒鳴るが、それとは全く違う、禍々しいまでの狂気を感じる。

「あいつら…馬鹿にしおって…。あんなに目ぇかけてやっとったのに…。
いつだって仕事教えたって、手伝ったって…俺かて忙しい中いつだって色々やってやったのに……」
ギリギリと歯噛みをしながら吐き出すエンリケに、ギルベルトは静かに言った。

「お前…ルッツの時もそうだったけど、引き継ぐ気ねえだろ。
わざと後続育てねえようにして、自分を頼るしかねえようにして……お前のは他人に対する善意じゃねえよ。
単に自分が出来るヤツ、偉いヤツって言われたくてやってるだけだ。
そのために後続利用すんなよ。分かる奴はみんな分かってる。だから嫌気がさしたんだよ。
教えねえようにして、他は役立たずだから自分がやるしかない、自分ばかりやってるって愚痴られたら、そりゃあ嫌になんだろうよ。」

「黙りっ!!俺がどれだけ苦労してきたか、自分なんかにわからんわっ!」

「ああ、わからねえよ。やる必要もない委員を何度もやるのは勝手にすればいい。
でも家の事とかな、褒められはしねえけど自分がやるべきこととかやらねえで、感謝するべき相手、本当に気を使わねえといけないあたりに文句や中傷ばかり言って、それで目立って褒められそうな事ばかりに手を出すのは、単なる偽善だ。」

「うるさい、うるさい、うるさいっ!!!」

「俺に密告してきたのは、そんなお前の偽善にうんざりしつつも、離反して嫌がらせの標的になるのを恐れたヤツだよ。」

「うるさいわっ!!せやから、それは誰やっ?!!」

ああ…そろそろ目が正気じゃなくなってきてんなぁ……
と思いつつも、ギルベルトはさらに煽る。

「アーサーに対してだっていい加減嫌がられてるの気づけよ。
本気で毎日迷惑してる。」
「うるさいっ!自分があの子をそそのかしとるんやろっ!」
「してねえよ。」
「うるさいっっ!!!!」

チキっと音がした。
以前はポケットの中にしまわれたままだったそれが、今は外に出されている。

「…まずは自分から殺したるわ……俺は悪くない…俺はいつやって皆のために色々やってきたんや…なのに…なのに、俺を裏切り、陥れるような奴がおるのがあかんのや…」

カッターを見てギルベルトは迷う。
扉を背にしているので、鍵を開けて逃げる事も出来るわけだが……
(ここで少し傷を負っとけば、しばらく塀の中に送り込めるか……)

幸いにして武道経験は豊富で、護身術も幼い頃から父親に叩きこまれているため、致命傷を追う気はせず、安心しきっていたのがまずかったらしい。

いきなり後ろで開いたドアに対応できず、一瞬体制を崩したところにカッターを持っていたエンリケが踏み込んできて、銀色に光るカッターの刃がギルベルトの横をスッポ抜けていく。

うああああ~~~!!!!!
と音声多重で悲鳴があがった。

へ?と後ろを振り返ると、似た顔の二人が同時に叫んでいる。
ぽかんと目と口を見開いて突っ立っているアーサーのブレザーの右袖がスパっと切れていて、
「「アーティ(サー)怪我はっ?!!」」
とこれも音声多重で声が上がる。

「あ…いや…袖が切れただけ…」
とのアーサーの言葉にやはり二人してホッと胸をなでおろし、次の瞬間行動に出たのはアントーニョの方だった。

「自分……俺のアーティになにしてくれるんやっ!!!殺したるっ!!!」
と、怒りもあらわに一歩踏み出すが、それを
「トーニョ、やめろっ!!」
とアーサーが止める。

「なんで止めるんっ?!!」
と憤るアントーニョと、
「…アーサー…やっぱり自分……」
と、少し微笑むエンリケの表情は、それに続く
「お前がこんな事で犯罪者になったら悲しいから…」
というアーサーの言葉でそれぞれ一変する。

「アーティ…そうやな。あとは学校側に任せよか…」
と、微笑むアントーニョの横に立つアーサーは、自分に向けるエンリケの視線に気づくと、ぎょっとしたように反射的に後方に後ずさった。

一瞬…凍りつく空気。
静まり返る廊下…

その沈黙を破ったのは、エンリケの小さな小さな呟き、

――…なんで?
というひどく傷心したような声だった。




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