母屋から歩いて1分。
いつも閉め切られているカーテンは今日も当たり前に閉まっているので中の様子はわからない。
「エンリケ、飯~」
と、ドアをノックする。
この時間なら帰ってはいるはずなので単純に手が離せないかうたた寝でもしているのだろう。
まさか食べ物を外に放置するわけにも行かず、もう一度ここに来るのも嫌だし玄関の下駄箱の上にでも置いて帰って母屋から電話で知らせようと、ロヴィーノはドアノブに手をかけた。
「お~い、食事持ってきた。入るぞ。」
と、一応声をかけてドアノブを回せばドアが開く。
薄暗い室内。
勝手に電気をつけるのも憚られて、ここまで来るのに使った懐中電灯をつければ、奥へと続く廊下には仕切りのようにカーテンがかかっている。
確か貸した時にはこんな物はついていなかったはずだ。
奥に何かあるんだろうか……。
と、この時ふと好奇心にかられた自分を、ロヴィーノは後に後悔することになる。
「エンリケ、いるんだろ?なんで出ねえんだよ。具合でも悪いのか?」
そう、具合が悪くて倒れている可能性だってなくはない。
一緒の敷地に住んでて孤独死でもされたら後味が悪い…。
そんな風に理由づけて、下駄箱の上に食事のトレイをいったん置くと、ロヴィーノはカーテンをくぐる。
「…っくしょう…暗えな……」
と、小さく毒づいて懐中電灯を少し上に向けた瞬間…
薄暗闇に光るガラス玉のようなグリーンの視線…。
それも1つではない……。
ロヴィーノはヒィッ!と悲鳴をあげた。
廊下のあちこちからロヴィーノに降り注ぐ視線、視線、視線……。
「…うっあああ~~~……あ……あ…」
尻もちをついた瞬間手から転げ落ちた懐中電灯を慌てて拾い上げて、逃げようと後ろを振り向くと、カーテンいっぱいに浮かぶ顔にロヴィーノは息を飲んだ。
そして今更ながら気づく。
「…なん…だ…。写真かよ……」
ハァ~っと浮かんだ冷や汗を袖口で拭って、改めて廊下の壁に懐中電灯を向けると、視線と思っていたのは壁中に張り巡らされた知らない少年の顔写真だった。
「…誰だ…これ……」
ショックが1通り通り過ぎると、好奇心がムクムクと沸き上がってくる。
見てはいけないものを見てしまった…という感覚は最初の衝撃ですっかり薄れてしまっていて、ロヴィーノは床から立ち上がると、一見正面を向いた…しかしよくよく見るとどれもしっかりとカメラの方を向いていない、どうやら隠し撮りされたらしい写真をまじまじと観察する。
これは誰なのか…何故こんな風に一面に写真が貼ってあるのか…その答えがさらにこの奥へと続く部屋にあるのか…。
『好奇心はネコをも殺す』というありがた~い昔の人の格言は、とりあえず今のロヴィーノの脳内からは消え失せている。
ポケットを探って携帯を出し、一応、念のため…と、今の廊下の様子をカメラに収めると、ロヴィーノは奥へと進む決意を固めた。
ギシリ…ギシリ…
と、一歩踏み出すたび静かな廊下で床がきしむ音の響く不気味さも、一枚くらい表情を変えそうな勢いで貼ってある大量の顔写真の恐ろしさも、今のロヴィーノを突き動かす好奇心を止めることはなかった。
他人ごととしてこの場面を見たならば、
『死亡フラグだろ、これ。ここで先に進むって馬鹿か?即逃げろよ。』
と、確実に笑いそうな行動だが、当事者になってみると意外とお約束の行動にでてしまうものらしい。
そして…そう…ここで引き返すべきだった…と、少し後にロヴィーノは心底後悔することになるのである……。
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