恋人様は駆け込み寺_7章_1

「兄ちゃん、夕飯届けて~」

教会の母屋。
兄弟一緒の八畳間に夫婦の寝室6畳間、キッチン、ダイニング、そしてそれだけは信者さんを招いたりもするため広い20畳ほどのリビング。
広い敷地のわりに、牧師一家の居住スペースは決して広くはない。

その代わりに、遠方からの客や、万が一教会に保護を求めてきた人が居たりした場合に泊められるように、敷地内には離れが2棟あるが、1棟には中学入学直後、両親を亡くした従兄弟が住んでいる。

なるべく一人に、孤独にしないでやって欲しいとの祖父の要請で、最初の頃こそ牧師一家も熱心に母屋に食事を取りに来るように勧めたが、頑なに嫌がる従兄弟のために、今は離れの方に食事を届けていた。

それは普段ならフェリシアーノの仕事になっていたのだが、今日から3日間、普段は家を開けられない牧師夫妻が20回目の結婚記念日だからと、ずっと行きたがっていた九州長崎の教会を主とするキリスト教関係の史跡を巡る旅に出ていて留守で、その代わりにフェリシアーノが今かかってきた電話の応対をしているため、必然的に手が空いているロヴィーノにお鉢が回ってくる。

本当は嫌だ。
一緒の敷地に暮らし始めてもう6年になるが、離れに住んでいる従兄弟はどこか陰鬱で得体が知れなくて怖い。

同じ従兄弟が住むなら同時期に親を亡くした、明るい性格で小さい頃からよく他人に馴染めないロヴィーノの面倒も積極的に見てくれていたアントーニョの方が良かった…とロヴィーノは思うわけだが、1棟は来客用に残しておかないとだし、祖父の意向で、アントーニョの方は祖父所有だったマンションで一人暮らしをしている。

こうして離れに住み始めた従兄弟エンリケは、ロヴィーノ一家を拒絶どころか敵対視でもしているんじゃないだろうか…と思われるような態度をとり続けていた。

そのくせ、たまに敷地内で余所の人間と会うとひどく愛想の良い穏やかな笑みを浮かべたりするので怖い。

フェリシアーノは――人間に裏表があるなんてよくある事だよ。――などと分かった風に笑って普通に接して普通に食事を届けているが、ロヴィーノは聞いた事があるのだ。

敷地内でたまたま会った余所の人間にエンリケが、
「俺は両親亡くして居候の身やから馴染みたいし手伝いとかもしたいんやけど、伯父さん達は俺に教会の仕事とか関わらせたくないみたいやから…。
食事とかも離れで一人食うとるし」
などと話しているのを。

何を言っているのだ。自分に一切関わるなと言ったのはエンリケの方で、こちらが熱心に一緒に食事を摂るのを勧めても頑なに拒んだのはエンリケの方なのに…。

言われた相手はそれを信じたのかはわからない。
ただ困ったように微笑んでいる。

それでなくてもどこか強烈に他人を惹きつける祖父のあとを継いだは良いがどこか影が薄いと言われている父に、さらに悪い印象が植え付けられていなければ良いのだが…。

何故親切に親を亡くした従兄弟を受け入れて面倒をみているのに、そこまで悪意を持たれなければならないのだ。

もしかして…教会乗っ取るつもりなんじゃないだろうか…と、弟に話したら、
『兄ちゃん漫画の見過ぎだよ』
と、弟に笑われた。

『神様大好きとかじゃないなら教会なんて乗っ取っても仕方ないでしょ?』
と笑う弟にイラっとくる。


この教会は立地条件は良いし、敷地だってかなり広い。
切り売りしたら良い金になるかもしれないじゃないか…と、弟に相手にされないので今度はアントーニョのところに行ってそう言ったら、
『…ん~あいつ不精やから。
そのくらいなら爺ちゃんに現金せびった方がええと思うんちゃう?』
と、あっさり否定された。

脳天気コンビに何を言っても無駄だ…と、今度は弟の交友関係から少し付き合いが出来た弟の親友の兄に相談してみたら、
『…あ~、乗っ取りってより、自分の点数稼ぎじゃね?
同情されて優しくされるのが嬉しいとか、そういう系だと思うぜ?
ま、どっちにしてもお前らにしたら汚名着せられてるわけだし、不快で不安なのはわかるけどな』
と、ようやく考えていた方向ではないものの、わかってはもらえて少しスッキリした。

…とは言うものの、あちこちで悪名を広められているのは変わりないわけで……。

そういう諸々があって、ロヴィーノはエンリケが嫌いだった。
早く大人になって出て行ってくれれば良いと思っている。

教会の息子にあるまじき考えだと言うのは重々承知だが、あらぬ噂をたてられて人間関係を壊されるのはゴメンだ。

そんなことを思いながらも、しかし食事を届けないという選択肢はなく、フェリシアーノの代わりに外部の人間と電話のやりとりをする自信もない。
なので仕方なくエンリケの離れに足を向けた。








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