恋人様は駆け込み寺_6章_2

そんなことを考えているうちに休み時間。
悪友二人と一年の教室へ急げば、アーサーのクラスの後ろのドアにはエンリケの姿。

ギルベルトが前のドアから
「お~い、アーサー」
と、来い来いと手招きをすれば、窓に張り付くようにして立ちすくんでいたアーサーはホッとしたように走り寄ってきた。

ギリリッと突き刺すような視線を感じる。

アントーニョに走り寄るアーサーをその視界から隠すように、ギルベルトは少し身体をずらせて、ニヤリとそちらに向かって笑みを浮かべて見せた。

ライン上では、ずっと続いていたアーサー関係の発言が、例のメールを送ってからはギルベルトへの怨嗟へと塗り替えられている。
出来れば…自分の方へとエンリケの関心を向けておきたい。
そのための挑発なわけだが、見事に乗ってくれたようだ。

ポケットに手を突っ込んだ状態で、つかつかとこちらに歩いてくるエンリケ。
アーサーには目もくれず、ギルベルトの側で一瞬立ち止まり

――…調子乗ってたら怖い目見るで?
と、小声で一言。
手を突っ込んだポケットからチキチキ音がするのは、おそらくカッター音だろうか…。

「…おお、怖っ。」
と、わざとおどけて肩をすくめれば、チキッと止まる音。

エンリケの手の動きを察して、ギルベルトは瞬時に急所になりそうな場所をカバーしようと反応しかけるが、そこにタイミング良く通った教師に、エンリケの手が止まる。
そのまま不機嫌に立ち去るエンリケに、フランシスがホ~っと息を吐き出した。

幸いというか、おそらく状況を察したアントーニョがわざとテンション高くアーサーの気を引いていたためか、アーサーはエンリケが近づいて来たことには気づいても、今の異変には気づいてない。
もちろん気づかせないようにしているのだからと、ギルベルトが目で制すれば、フランシスは慌てて口を塞いだ。

こうして何事もなく短い休み時間が終わり、チャイムと共に2年の自分達の教室にダッシュする3人。

「ほんま、フランのアホッ!」
と普段読まない空気の全てを読みきったアントーニョが早速口を開くと、フランシスは
「ゴメンっ。」
と手を合わせながらも、
「でもさ、本気でギルちゃんやばくないの?」
と心配そうに眉をひそめた。

「ん~、今までの行動性から言っても、よほど刺激しねえ限り、ある程度他人のいるところでは仕掛けてこねえよ。
無駄にプライド高いくせに臆病だから。
自分が必死になってんの知られんのも嫌だし、教師みたいに権力ある奴の前で印象悪くすんのが怖いやつだ」

そのあたりについては例の密告者から情報が来ている。

いつも人がいなさそうな所でアントーニョなどの中傷をしているが、教師に注意されると途端にひどく反省したようなフリで謝罪をして、しかしさらに見つからないような裏で中傷を繰り返すらしい。

――あいつの反省ってのは、中傷をしたことではなされなくて、それを影響力があるまともな相手に指摘されて自分の評価が落ちる事でされるんです。だから注意されたって、さらに見つからなそうなところを探して繰り返すんっすよ。

というのは、おそらく中傷についてだけではない。
物理的な嫌がらせについても当てはまるだろうから、余計に完全に追い詰められる材料が揃うまでは、周りにもちょっかいをかけてエンリケを警戒させて欲しくはない。
さらに奥にこもられるとやっかいだ。
まあ…今日行われるであろうことを考えると本気で憂鬱なのだが…。

(落書きによる器物破損…じゃ、偶発じゃなく計画的な悪意の証拠の1つにはなっても、追い込むには弱えよなぁ…)
ガリガリと頭をかきながら、ギルベルトはため息をついた。

そして、いっその事、さっきカッターで切りつけでもしてくれてたら、一挙解決だったのかも…などと、フランシスが聞いたら卒倒しそうな物騒な事を思う。

とにかく挑発し続けて尻尾を出させなければ……ギルベルトがそんなことを考えているうちに、あっという間に一日が過ぎ、無事放課後に。

念のためギルベルトが尾けられていないかをチェックするため遠目にエンリケを見張っているうちに、アントーニョと…カモフラージュにフランシスも一緒にアーサーが帰っていく。

まあ密告者の情報によるとエンリケは今日ギルベルトの家に嫌がらせにくるらしいから、その準備に(?)忙しいだろうし、アーサーにばかりかまってもいられないだろうが…。


こうして悪友二人と後輩を見送ったあと、一人で帰る帰り道。
後ろからキツイ視線を感じるが、無視だ。
校門を出て駅の改札をくぐり、ホームに着くとちょうど来た電車に飛び乗る。
そこでようやく途切れる視線に、は~っと力を抜く。

「…あ~、思ったより疲れるなぁ、こりゃあ。」

誰にともなく小さくつぶやくと、ギルベルトは珍しく座席に座って背もたれに身体を預けて足を投げ出した。

疲れはするものの、全ては計画通りだ…頑張れ俺様。
心の中で自分を叱咤激励しつつ気合を入れなおすギルベルト。

しかし夜…事態が思わぬ方向から動き出して行くことを、さすがのギルベルトもこの時は予想だにしていなかった。






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