恋人様は駆け込み寺_7章_3

入って右側には洗面所と風呂とトイレがあり、左側にはキッチンとダイニング。
そして正面に2つ続き部屋という作りになっているのは、もう一つの離れと同じなのでロヴィーノも知っている。
一応奥へ行く途中で左右にも人がいないか確認してみたが、どちらにも人の気配はない。

そこで廊下を進んで正面のドア。
ここにも少年の写真が貼ってあって、まるで見張られているみたいだな、と、思いつつもスルーしてドアノブに手をかける。

カチャリ…と開くドア。
室内は暗いなりに光源のようなものがあって、しまった、いたのか…と一瞬身構えたが、何もいる気配はない。

そのままソッとドアを開いて中に滑り込んだロヴィーノは、その灯りが火のついたままの蝋燭によるものだと知って、
(留守中に火をつけたままとか、火事になるだろうがっ!)
と、舌打ちするが、一瞬で目に入ってきたそれがさらにハッキリと認識できるようになると、今度こそ悲鳴を上げて後ずさった。

ドン!と背に何かが当たって、恐ろしさに涙目になるが、それがたった今閉めたばかりのドアだと気づいてホッとする。

「…や…やべえ…。これ…マジやべえもん見ちまった……」

カタカタと歯の根が合わない。
一瞬腰が抜けて立つことが出来ず、ロヴィーノは狂気に押しつぶされそうになる自分を保つために、口を開いた。

床の上には赤茶色がかった何かで描かれた、よくオカルト系の何かでみるような魔法陣のようなもの。
それをぐるりと囲むように灯されている蝋燭。

その中央には首のないネコの遺体。
おそらく魔法陣はその血で描かれたもののようだ。
そして…同じく中央には血塗られた写真。
短剣が突き刺してあるが、その顔には見覚えがある。

フェリシアーノの親友の兄。
普段はふざけた性格だが、ここ一番では誠実で頼りになる、以前エンリケの事を相談した男……ギルベルト・バイルシュミット。

部屋中に呪いのように書かれた血文字。

――呪われろ…呪われろ…呪われろ…

まるでそこから邪気があふれているような、生々しさと忌まわしさ…。
生臭いような匂いがするのは気のせいか…?
そもそも何故ギルベルトを?
確かに同じ学校だが、何か接点があったのか?
さっきから貼ってある少年との関係は?
――もしかして…俺が相談したせい?

居るだけで気が狂いそうになる空間。
気味の悪さと悔恨で吐きそうだが、ここで吐いたら絶対にやばいということだけはさすがにわかる。
ここに足を踏み入れた痕跡など間違っても残したらまずい…殺される…。

ロヴィーノはポケットからハンカチを出して口を抑えてなんとか立ち上がると、廊下と同様、この部屋の様子も携帯に収めた。

もう完全に許容範囲は超えていたし、吐き気をこらえているせいで目が潤み、視界がぼやけている。
膝だって恐怖でガクガクわらっていて、今にもまた床にへたり込みそうだ。

もう無理だ…。これ以上何か見たら発狂する…。
そう思うのに、ロヴィーノの足はさらに奥の部屋へと向かっていた。

だって、ここで奥を見ずに帰るのは、それはそれで怖い。
その気持だけが今のロヴィーノの身体を動かしている。

とにかくここまで見てしまったら最後まで。
きちんと証拠としてこの惨状を見せたなら、さすがに脳天気な二人もやばいと納得するだろう。

こうして魔法陣を避けるように部屋の端を通って、最奥の部屋へ。
おそるおそるドアノブに手をかけて中を覗き込む。

この部屋の壁にも、まるで不法侵入者をあざ笑うかのように一面、写真、写真、写真…。
なまじ綺麗な少年だけに怖い。
だが、さきほどの部屋のあまりの壮絶さに比べれば、その壁中に貼られた写真を別にしたら、まだ普通の寝室だ。

備え付けのベッドと、エンリケが住むと決まった時に運び込まれた勉強机。
その上にはノートPCがつけっぱなしになっていて、ディスプレイの灯りが暗い室内を照らしている。
好奇心にかられて覗きこめば、びっしりと黒魔術系のサイトで埋め尽くされていた。

それを放心したように眺めていたロヴィーノはふと気づく。

――PCや蝋燭つけっぱなしってことは、すぐ戻るんじゃね?!!!
うあ~~!!!やべえっ!!!
パン!と反射的にPCを閉めて、ロヴィーノは後ろを振り返った。

薄暗やみの中で、まるで地獄への扉のような不気味さを持って存在するそのドア…。

――ドア…開けたらそこにいたら……

と、恐ろしくなるが、あいにくこの離れは窓の外は綺麗な花壇で花やら飾りやらがびっしりなので、下手に出たら飾りが突き刺さって怪我をしかねない。
ここは恐ろしくとも玄関に戻るしか無い。
意を決してロヴィーノはソッと中の間に出るドアを開けた。

そして中の間…。
ゆらゆらと揺れる蝋燭の火に照らされた暗い空間には相変わらずオドロオドロしい光景が広がっていて目眩がしそうだが、へたっている時間はない。

こんなものを見たことがわかったら、本当に殺されるかもしれない…。
恐ろしさに涙目になりながら、ロヴィーノは来た時と同様、魔法陣を避けて、蝋燭の火を消さないようにそ~っと廊下へ通じるドアへ。
逃げるロヴィーノに写真が視線を送っている気がした。

急げ…急げ…見つかったら終わりだ……

恐怖で震える足を叱咤しながら、廊下は遮るモノも気にしなければならない物もないので一気に駆け抜ける。
ほんの5mほどの廊下がひどく長く感じた。
そして見えてくるドアと廊下を仕切っているカーテン。

――ああ…間に合った…助かった…
心底ホッとしながらそのカーテンをくぐった瞬間……

ガチャッ

ドアノブが回ってドアが開いた。



「「うああああ~~~!!!!!!」」
人は無意識に自分が大声を出すとうるさいと思うのかもしれない。
耳と目をしっかり塞いでロヴィーノは叫ぶ。

暗闇に響き渡る悲鳴。

……が?
え?自分のだけじゃない?いや…どこかで聞いた声……
反射的にしっかりつぶった目を開いてみれば、普段は細い目をびっくりしたように見開いている双子の弟。

「な、なに?どうしたの?兄ちゃん。いつまでたっても戻ってこないから様子見に来たんだけど…」
と、どうやらロヴィーノの悲鳴に驚いて悲鳴をあげたらしい弟は、訝しげに眉を寄せた。

「お前かよ…脅かすなよ、コンチクショウめっ!」
と毒づいてみたものの、事態はまだ解決していない、危険はまだ去っていない事を、ロヴィーノは思い出す

「どうもこうもねえっ!親父達が帰ってくるまで、とりあえず避難するぞっ!!」
と、そこで我に帰ったロヴィーノは弟の腕を掴んで、この忌まわしい建物から引きずりだした。

「え?え??なに?何があったの??」
と、混乱しながら引きずられる弟の質問は
「安全確保してから答える」
と、いったんスルーして、ロヴィーノはそのまま少し考えこむと、結局母屋に戻ってメモ帳に親がいないから友人宅に泊まって遊んでくると置き手紙を残し、弟の腕を掴んだまま大急ぎで教会の敷地を出て、通りでタクシーを拾った。

そして運転手に迷わずアントーニョのマンションの名を告げる。

他の叔父叔母は東京在住ではないか、仕事などで自宅にいない可能性が高い。
頼れるのは1歳年上の従兄弟のみだ。

行き先を告げたところでロヴィーノはアントーニョに電話をかけて、今からタクシーで行くから下でタクシー代を用意して待っていてくれるように頼んだ。
なにしろ本当に慌てていたので、持っているのはあの惨状を撮った携帯だけなのだ。

電話を受けたアントーニョは驚いて、何故か少し迷ったようだが、結局了承してくれる。
そこでようやくホッと一息ついて、ロヴィーノは弟に
「アントーニョに説明する時一緒に聞いてろ。二度手間だから」
と言って、携帯をしまった。



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