恋人様は駆け込み寺_4章_3

アントーニョは歌った。
なるべく明るい歌を、なるべく寝室まで聞こえる大きさで。

――親分はちゃんとここにおるからな~。大丈夫やで。安心し。
と、そんな想いをいっぱい込めて。


いくらギルベルトに言われたからと言っても、どうして昨日…しかも便宜上付き合いだしただけの相手をこの家に連れてきてしまったのか、自分でもわからない。

幼稚舎時代から多くの友人に囲まれていたアントーニョだが、今までここに連れてきたのは実はフランシスとギルベルトだけだ。

二人は幼稚舎時代からずっと一緒で、普段は悪ふざけばかりしているが、本当に辛い時に辛いとこぼせる数少ない相手であり、実際、アントーニョの両親が一度に亡くなって祖父にこのマンションを託された時、一人膝を抱えていたアントーニョを見守ってくれたのも、この二人だった。

他の友人達もアントーニョがひとり暮らしと知ってこの家に来たがったし、それこそ友人達に紹介された女の子達からだって何度も料理をしに来たいと言われたものだが、のらりくらりとかわして今に至る。

なのに何故……。

たぶんギルベルトに言われなくても、自分はいつかこの自分の一番深いテリトリーにアーサーを連れてきてしまった気がする。
庇護欲…と言われればそれまでだが、アントーニョはいつだって困っている相手には普通に手を差し伸べてきたし、彼らにとてここには足を踏み入れさせなかったのだ。
なのにあの子はここにかくまってやりたいと思う自分がいる。

今にも息絶えてしまいそうな儚さなのに、気丈に自分一人で立とうとしているあの子を支えて…いや、いっそ抱えて守ってやりたい。

ああ、もうこのままここに住めばええんちゃう?と思いつつ、アントーニョは体調の悪そうなアーサーのためにトマトクリームリゾットを作る。
ベランダのプランタで自分で作ったおいしいトマトを使った自慢の一品だ。
元気がない時はおいしい食事に限る。


ひどく怯えていたので、出来れば側にいてやりたい。
だから食事が終わったらいつもならリビングでながら勉強なのだが、寝室の机で勉強だ。

「アーティ、昼出来たで~。」
と、リゾットを手に寝室へと戻ると、どうやら眠れたらしい。

光色の髪に真っ白な肌の可愛らしい子が添い寝させておいたクマのぬいぐるみをしっかり抱きしめてスヨスヨ寝ている姿はまんま天使だ。
元々童顔だとは思っていたが、眠るとさらに幼く見える。


(これ…起こすのは可哀想やな…)
と、食事はあとでレンジでチンすれば良いと静かに勉強机で教科書を開いた…が、いくら集中しようと思ってもさすがにこの状況で公式が頭に入ってくるはずもなく、何度かチャレンジしたものの挫折してアントーニョは教科書を閉じた。


たぶん…ギルベルトあたりが本気で動き出せば色々終わるのだろうな…と思う。

今まで行ってきた諸々の害の立証はギルベルトがして…エンリケの手がアーサーに及ばないように周りに協力を求めたりアーサーが居心地悪くなったりしないようにする根回しはフランシスがするだろう。
自分に求められているのは影からではなく直接的に手が伸びて来た時の護衛とアーサーのメンタル面のフォロー。

3人寄れば文殊の知恵じゃないが、それぞれ得意分野が違う自分達は何をするにもいいコンビだと思う。


ただ自分の従兄弟ながらエンリケは行動性その他がよくわからない。
もしかしたら頭の良いギルベルトや人の気持ちの機微に聡いフランシスにはわかっているのかもしれないが、自分には本当にさっぱりわけがわからない。

好きな相手を独り占めしたい…それは自然な欲求だとしても、その方法がおかしい。
だって、相手も社会生活を送っている以上、相手に近づく人間を全て排除しきれるなんてはずはないのだから。

影でそんなことをしていて、今までバレなかったのが不思議だし、バレたらこんな風に相手に怯えられたり嫌われたりするのは目に見えてるじゃないか…。

まあ理解出来ないのはお互い様で…おそらくアーサーを挟まなければこのままずっとお互い距離を取ったまま生きていたのかもしれないが、そうもいかなくなった。

あんなに怯えた子どもを放り出せるはずもない。

…というか、本当に唐突に、可愛い守ってやりたいと思ってしまった。
何故か本当に突然に自分の中の優先順位で一番になってしまったのだ。




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