恋人様は駆け込み寺_4章_1

学校から電車で3駅。
アーサーの自宅はそこからさらに電車で2駅だが、今日はそこで降りる。

活気のある商店街を抜けた駅近くの6階建てのマンションのエントランスでアントーニョが認証番号を入れると開くドア。
中に入ってエレベータに乗ると6階のボタンを押す。

「ここ、爺ちゃんが持っとるマンションやねん。
今は一人暮らしやから気ぃ使わんでもええで」
と、当たり前に言うアントーニョにアーサーが少し親近感を覚えて

「あ、俺も親が仕事で海外だから一人なんだ。トーニョも?」
と聞くと、アントーニョは少し困ったようにガリガリと頭をかいた。

「あ~、俺んとこは中学ん時に事故で両親死んでもて、今は爺ちゃんのお預かりやねん」
と言われて、アーサーはしまった!と思うが、本人はあっけらかんと笑って言う。

「でも爺ちゃんもフラッと外国さすらいに行ってもうたから、おかげで悪友二人の第二の我が家になってもうた」


あまりに明るく言われて謝るタイミングを逃して困ってうつむくアーサーに、アントーニョは逆に

「まあ…同じ事故で両親亡くしたエンリケには今はおっちゃんが継いどる教会の離れが与えられて、当時は俺も自分だけ邪魔モンみたいに身内から引き離されてもうたような気になっとって、ちょっと気分荒んどったから、規則とかわざと破って楽しんどったとこあったし、迷惑かけて堪忍な。
自分喘息持ちで寒いのダメなんやって?
あの頃からギルちゃんは寒い中走らすなってめっちゃ怒っとったから、なんやろ思うてたんやけど、今朝あれからそれ聞いて青くなったわ。
ほんま堪忍。体調崩してへんかったら良かったんやけど…」
と、しょぼんと肩を落とす。

「あ、いや…俺もムキになりすぎてたし…」
と、アーサーが慌ててフルフルと首を振ったところで、チン!と音がしてエレベータのドアが開いた。

「とにかく…昔迷惑かけた分もあるし、あいつが卒業するまではきっちりガードしたるからな」
と、笑顔で差し出される手は大きく温かい。
その手を取ってエレベータを降りると、廊下を通って端のドアの前でアントーニョはポケットを探って鍵を出した。


「客呼ぶと思ってへんから散らかってるけど…」
と口にされ、よくある社交辞令だなと思いつつ
「お邪魔します。」
と中に入る。

うん…社交辞令じゃなかったんだな……と、玄関から廊下を通ってリビングに入った瞬間に、アーサーは内心思った。

普段から悪友のたまり場になっているせいかリビングのソファの上には雑誌の山。
それをヨイショっと床にどかして、

「今何か入れるから座っといてな~」
と、キッチンへ向かうアントーニョを見送って、アーサーはリビングを見回した。


ざっと8畳程だろうか。ひとり暮らしにしては広い部屋だ。
二人がけのソファとローテーブル。
大きな本棚とその横にテレビ台とテレビ。
ローテーブルの横に置いてあるマガジンラックには乱雑に雑誌が放り込んである。
本棚の中も同様だ。

アーサーは上着を脱ぐと、まず本棚の本を順番に綺麗に並び替え、空いた場所にさきほどアントーニョが床に放り出した雑誌を古い順から並べる。
そしてここ2ヶ月くらいの分は揃えてマガジンラックに。
それだけで部屋はずいぶんと広くなった気がした。

アントーニョが脱いだまま放り出してある上着は転がっているハンガーに。
自分の上着も同様だ。


『あ、玄関入った右が洗面所やから手洗うなら洗ってな~』
と、そのあたりでキッチンから声がしたので、洗面所へ。

手洗いうがいを済ませると、普通のハンカチとは別に常備しているタオルハンカチを洗って絞る。

テーブルのうえの文房具はきちんと揃えて端っこへ。
その上でテーブルを綺麗に拭くとまた洗面所でハンカチを洗う。

そうしてまたリビングに戻ると、両手にマグを持ったアントーニョがぽか~んと立ってた。

あ…もしかして、勝手にやって気分を害されたか…と焦ったのも一瞬、次の瞬間、その顔にぱ~っとお日様のように明るい笑みが浮かんだ。

「おお~~綺麗になっとるっ!おおきになぁ~」
トン!とカップをテーブルに置いて、ぎゅうっと思い切り抱きしめられて、混乱とか羞恥とか色々でアーサーは息がつまりそうになる。

「親分片付け苦手やねん。よくギルちゃんにも怒られるんやけどな」
と、置いたカップをもう一度手にしてアーサーに渡してくれるアントーニョ。
本当に他意はなさそうだ。

「あ…でも体調悪いんやんな?無理させて堪忍な?」
と、自分もアーサーの隣、ソファに座って顔を覗きこんでくるアントーニョに、アーサーはもういっぱいいっぱいになって、首を振る。

「体調…悪くないから……。」
ああ…考えてみれば今自分はずっと片思いをしていた相手の家に上がり込んで二人きりなわけで…と、そこで急に意識し始めるともうダメだ。
顔がか~っと熱くなる。

「ちょ、なんか自分顔真っ赤やで?熱出てきたん?」
と、そこでお約束の勘違いをしてアントーニョが額にあててくる手の感触に、恥ずかしすぎてクラリと目眩がした。

ふらりと揺れる身体。
手に持ったマグはアントーニョの手でテーブルに置かれ、アントーニョに抱き上げられる。

うあ~うあ~うあ~と心の中で絶叫している間に、隣の部屋、寝室へと運ばれてベッドに降ろされて、脳内は完璧にパニックを起こしていた。

「今寝間着出すな。
フランの香水臭いから…これ着といて」

と渡されたのはシンプルなペパーミントグリーンのパジャマ…
だが…合わせが女性用で……

「あ、ちゃうで~。それな、ギルちゃんが持ってきてん。
アホやからスーパーの福袋で間違えて女モン買うてもうて、他にも色々あるんやけどな。
あそこん家男所帯やから、家に置いとくの恥ずかしいとかわけわからんこと言うて、一人暮らしの男の家の方がよっぽど恥ずかしいっちゅうねん。
ま、でも俺らのやと大きすぎて風邪ひきそうやしな。それやったら小さいから。
外出るわけやないし、デザインがアレ言うわけやないし、合わせの問題だけやから、今日はそれで勘弁しといてな~」
と言われれば、急に泊めてもらう側としては文句も言えない。

寝間着を持ったまま躊躇していると、その問題は解決したと思ったのか別の方向に勘違いしたアントーニョが、
「大丈夫か?目眩とかしとる?着替えられる?手伝ったろか?」
と矢継ぎ早に聞いてくる。

そのままいると本当にその手で着替えを手伝われそうで、そんな事になったらもう色々爆発する。

なのでアーサーは慌てて、
「いや、大丈夫。着替えるから…」
と、シャツのボタンに手をかけて、その場に立つアントーニョをじ~っと見上げた。

「なん?」
「えっと…何してるのかと思って…」

見られていると恥ずかしくて着替えられない…なんて乙女みたいなことはさすがに言い難く、態度で示してみたわけだが、アントーニョは全く他意はなく当たり前に

「ああ、気分悪くなったらあかんからと思って…」
と言う。

もしかして…これ着替え終わってベッドに横たわるまでこうしている気か…と、改めて気づいて、アーサーは焦る。
いや、男同士だからそんなことを意識する自分の方がおかしいわけだが……。


「…のど……」
「ん?」
「喉乾いたから、何か飲み物もらえると……」

それでも恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
かと言ってそれを言うのも恥ずかしいのでそう言うと、アントーニョは

「ああ、さっきのお茶でええ?」
と、あっさり部屋を出て行った。


そこでアーサーは大急ぎで着替える。




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