――あとで迎えに行くな~
またちらりと携帯を見てしまう。
何をどう収拾したらこのメールになるんだろうか…。
ギルベルトもアントーニョもよくわからないという顔をしていたから、やっぱり普通じゃないんだろう…。
気づけばいつも気配もなく後ろにいる。
そのくせアーサーが友人知人といると近寄っても来なければ話しかけもせず、離れて表情のない顔でジ~っとこちらを見ている。
行動性がわからない。何を考えているのかもわからない。
だからこそ得体が知れなくて怖い。
一応授業が終わったら3人が駆けつけてくれるらしいし、3年の教室よりは2年の教室の方が1年の教室には近いはずなのだが、もし先にエンリケが来たら?
なんて言えば良い?
時計の針を凝視しながら時間がすぎるのを待つ。
長針がラスト1周を回り始めた。
「カークランド?大丈夫か?真っ青だぞ?」
と教師に言われて、かろうじて
「大丈夫です…。」
と答えるが、全然大丈夫じゃない。
「保健室行くか?」
と聞かれるが首を振る。
途中でエンリケにあったりしたら怖い。
そんなやりとりをしているうちにチャイムがなって、その瞬間にガラっと勢いよく教室のドアが開いた。
ビクっとして振り向くと、クラス中の注目を浴びながらアントーニョが立っている。
「あ…まだ授業やったんやな、堪忍な~」
と、へらっと笑って慌ててドアを閉めると、日直が号令をかけて礼をして授業が終了した。
先生が出て行くと同時にまた開く教室の後ろのドア。
「アーティ、来てもうた~!」
と笑うアントーニョの笑みは非常にわかりやすく明るい。
機嫌の良い彼の感情がそのまま外に漏れだしたような明るさだ。
そのストレートさにホッとする。
「勉強教えたって~」
と、おそらく勉強道具が入っているのだろうサイドバッグを掲げてズカズカと教室に足を踏み入れてくるその存在感。
嫌われていた昔からそうだ。
彼は好意も悪意もわかりやすい。
ほら…今も……
「アーティ、大丈夫か?真っ青やん。保健室行こう!」
アーサーの顔が見える距離までくると、笑顔が消えて心配そうな表情が浮かぶ。
そのまますぐ側まできたと思ったら、アントーニョはひょいっとアーサーを軽々抱き上げた。
「うあっ…カ…トーニョ、降ろせよっ!」
と、慌ててジタバタするも、アントーニョは全く動じず、
「途中で倒れたら大変やん。
可愛えアーティがそれで怪我でもしたら、親分卒倒してまうわ」
と、アーサーの額にちゅっと口付ける。
おお~~!!!と湧き上がるどよめき。
真っ赤になるアーサーとは対照的にそれを気にした様子もなく、
「親分アーティとつきあい始めたんや。
せやからこの子無理してそうやったら、誰か親分の携帯に連絡いれてな~」
と、アーサーのクラスにも数名いるサッカー部の後輩に向かってにこやかに宣言をした。
さらに大きくなるどよめきの中、言われた後輩たちは
「らじゃっす~!」
と大きく手を振って応える。
それに満足気に頷くと、アントーニョはアーサーを抱いたまま教室を出て行った。
それからほんの少しして1年の教室へたどり着くフランシスとギルベルト。
「あれ?坊っちゃんは?」
と、フランシスがやはり知人の1年生に聞くと、がやがやとまだ興奮冷めやらない1年坊主達の中から走り寄ってきた知人は先ほどの話を聞かせてくる。
「ホントびっくりですよ!」
と興奮気味に言う後輩にフランシスは苦笑した。
あんなに双方接点がない関係だったのに、アントーニョが付き合っていると宣言すれば、皆こうもあっさり信じるのか。
いや、自分もなのだが…。
ある意味、そこまで裏表のない人物として認識されているのはすごいことだと思う。
「ほんとにね。いきなりストンと恋に落ちちゃったらしいよ」
知らない仲でもなかったのにね…と言えば、アントーニョ先輩らしいですよね、と、笑われた。
「せんせ~、病人やで~」
と、一方で大丈夫だと言いはるアーサーの言葉をガン無視で保健室に連れて行き、結局自分も怪我では保健室の常連なので親しい保険医に、家でしっかり勉強をすることを条件に、ちゃっかりアーサーと共に帰宅する権利を勝ち取ったアントーニョは、ギルベルトにその旨を電話して、フランシスにこっそりアーサーのカバンを持ってこさせた。
「トーニョまでサボる事はないだろ。授業でろよ」
と、自分の帰宅については諦めたものの、追試の勉強が必要なくらいのアントーニョをサボらせるわけにはいかないと主張するアーサーだが、アントーニョは自分が下げてきたサイドバッグを掲げて
「追試の範囲は今の授業範囲やないし、追試用の勉強教わろう思うて道具持ってきてん。」
と笑った。
あまりに悪びれないその態度にアーサーは大きくため息をつく。
「送って行くついでにしばらく居させてな?
アーティ休んどってもええから、わからんところが出てきたら教えたって?」
とまで言われれば、確かに先に進むよりも追試の範囲の勉強の方が先だよな…などとアーサーもついつい流された。
何より3軒隣に伯母のフランソワーズ一家…つまりフランシスの一家が住んでいるとは言え、自宅マンションでは一人きりなので今は怖い。
某ホラーのように画面から出てくるとまでは思わないが、携帯や電話などが来たら普通に動揺しそうだ。
出来れば一人で居たくない。
そうこうしているうちにギルベルトのメールで先に下駄箱に行ってろとの指示があり、二人して下駄箱へ。
そこにフランシスが二人分のカバンを持って走ってきた。
「あのね、ギルちゃんからの伝言。
明日は土曜だし、今日はトーニョんちに向かって、そのまま泊まれって。
坊っちゃんは一応うちに泊まってることにしておくからさ。
あ、着替えとかはトーニョんとこに置いてる俺の使っていいからね。」
あたりを見回しながらコソっと言うフランシスに、なんとなく事態を察して青ざめるアーサーとそれをかばうように肩を引き寄せるアントーニョ。
「じゃ、そういう事で急いでね。」
と、アントーニョにカバンを押し付けて、また走って行くフランシスを見送った時には、アーサーももう本当に病人になったような気分だった。
「大丈夫やで。ギルちゃんがちゃんとしてくれるからな。帰ろうな。」
と、アントーニョはアーサーを促して自宅への道を急いだ。
校門を出てもしきりに後ろが気になっている様子のアーサーの肩を引き寄せてポンポンと軽く肩先を叩く。
「大丈夫やで。親分が一緒におったら何からも守ったるから。心配ないで。」
そう明るく言ってアーサーを覆い隠すように抱き寄せるアントーニョの高めの体温が泣きそうに心地よかった。
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