恋人様は駆け込み寺_2章_2

え?え?何故?俺より遅く来たはずだよな?
動揺するアーサーの肩を、大丈夫やで、と、アントーニョが軽く叩く。

「エンリケ、おはようさん。珍しく早いやん」
と、アーサーを少し後ろにかばうように一歩出て言葉をかけるアントーニョの声に振り向くと、エンリケの視線はアントーニョを超えてアーサーに向かった。

「アーサー、今日は一体どないしたん?置いて行くなんてひどいわぁ…。
家の前で待っとったのにおらへんから、車使ってもうたやん…」
と、ゆっくりと歩み寄ってくる。

いつもいつも気づけば気配もなく後ろにいるといった感じで執着されているのは知っていたが、ここまでだとさすがに怖い。

――マジか…そこまでやるのか…
と、驚いて小声で漏らすアーサーの声は震えている。

「約束なんてしてねえだろ。
…っていうか、いつも別に来ないでいいって言ってるじゃないか」
と若干引き気味に言うアーサーをアントーニョがさらに後ろに押しやると、エンリケは初めてアントーニョに注意を向けた。

「…自分……なんなん?…どいとき。今俺アーサーと話しとるんやから…」
「アーティー嫌がっとるで?なにって言われたら…この子の恋人やけど?」
アントーニョの言葉にいつも少し眠そうなエンリケの目が大きく見開かれた。

「…なに…言うとるん?」
「…事実言うとるだけやで?昨日な、ちょっと色々あって付き合い始めてん。
せやからこれからは俺が迎えに行くし、エンリケは来んでも大丈夫やで?」


信じられない…といった目でアントーニョの後ろに視線を向けるエンリケに、アーサーは

「ああ、本当だ。
いつも来ないで良いって言ってるけど…これからは来ても本当にいないぞ?」
と、顔だけひょいっと出して言う。

そこで初めてそれを事実として認識して、エンリケはアントーニョに冷ややかな視線を向けた。

「…自分…この子に何したん?」
「なんもしてへんで?しいて言うなら付き合ってって言うたくらい?」
「…何言うてるんや…。自分全く興味持っとらんかったやろ。
俺のもんやと思ったら欲しなったん?」
「恋は突然に落ちるもんやで?そもそも自分のモンちゃうやろ?」
「…俺のや…。ふざけんといて……」

にこやかなアントーニョと無表情のエンリケ。
しかしその間に流れる空気は冷ややかだ。

アントーニョが自分のために…と思うと嬉しいなんて思ってる場合じゃないよな…と思いつつ、でもまるで本当に好かれているように思えて少し嬉しい。

…が、決して激昂したりはしないのに、いつも揉めた相手はいつのまにか排除しているエンリケを怒らせたら危ないのではないだろうか…と心配になってくる。

そうだ。まるでまとわりつく生温かい風のように、いつも自分の周りを取り巻いていて、抜けだそうとしても抜け出せない…形がない、掴めないから排除出来ない、そんな相手だった。

本当に大丈夫だろうか…と、チラリと見上げると、アントーニョはアーサーの視線に気づいて
(大丈夫やで)
というように笑みを向けてくれる。

今まで何人かいて…しかしいつのまにか消えたり離れていったりした友人達のように、何か起きたりはしないだろうか…。
それが何より不安だ。

一人で本当に大丈夫なのか?
誰か…誰か助けにきてくれ…。

そうアーサーが強く願った時に、まるでその心の声を聞きつけたように、力強い声がした。





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