恋人様は駆け込み寺_1章_4

『すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。』マタイの福音書第14講

久々の祖父の家。
正確には祖父が開いた、現在は叔父が後を継いで牧師をやっている教会。
実際に神を信じるかどうかは別にして、アントーニョはキリスト教の教え自体は好きだった。

隣人を愛し、弱きを助ける。

『細かいこたぁどうでもいいんだよ。困ってる奴がいたら助けてやんな』
と言うのが口癖の、決して品行方正とは言いがたい、ともすれば不真面目で怠惰なところもある祖父ではあったが、側にいると安心するどことなく暖かさを感じさせる性格で、皆に好かれていた人物だった。

アントーニョは特にそんな祖父が大好きで、祖父のような大きな男になりたいと思っていたし、困ったやつは遠慮せずに俺んとこへ来い!と、素で言う祖父を、このマタイの福音書の一節は体現しているように思えて、この一節もこの教会も本当に好きだ。

祖父が叔父にここを任せて世界を放浪する旅に出てしまった後も、何かあるとここに来る。

きちんと祈りを捧げるとか、そんなたいそうなものではなく、ここにいると尊敬する祖父を身近に感じられる気がするのである。

(今回のは…これでええやんな?爺ちゃん)

教会の椅子に座って一人心の中の祖父に話しかけた。


嘘はいけない。
確かにいけない。
しかし困っている弱者を救うために必要なら、あえてそれを行わないといけない場合もあると思う。
そして…今回のは間違いなく、弱者救済以外の何者でもないはずだ。



アーサー・カークランド…。
1年後輩のその少年のことは2方向から知っていた。

1つは従兄弟のエンリケ。
同じ都内に住んでいて学年こそ1学年違うものの学校も同じだったため、嫌でも目に入るこの従兄弟は、昔からアントーニョの事を毛嫌いしていたように思う。
何が原因なのかは正直アントーニョにはわからない。
ただ、しばしばKYと揶揄される自分のことだ。
何か気にせずに彼の気に障ることでもやったか言ったのだろう。

別に従兄弟は他にも多くいてエンリケ以外とは上手くやっているし、学校でも学年も違えば、あえて彼に依存しなければならないほど友人も少なくはない。
だから嫌われているのならわざわざ近づいて揉める必要もないと距離をとっていた。

その従兄弟が溺愛しているらしい幼なじみ、それが件の少年だ。
本人がそのことについて積極的に話すことはなかったが、そのあまりの溺愛っぷりは学年を超えて噂になるほどで、少し困惑気味の少年にひたすらついて回るその姿は学校の名物の1つになっていたくらいだ。

それだけならアントーニョもふ~んと思いつつもそれほどその名を気に留めることはなかっただろう。

しかしその少年はアントーニョの幼稚舎時代からの悪友の一人、フランシスの従兄弟だった。

こちらは少年とはしばしば喧嘩をしながらも、しかしアントーニョからするとかなり可愛がっているように思える。
そして…フランいわく、その従兄弟の少年が友人知人を作れないのは、つきまとっているエンリケが秘かに邪魔をしているせいだ…とのことだった。

当初はこの意見をアントーニョは却下した。
別に従兄弟の人間性を信じているとかいうわけではない。
信じられるほどの交流がないのだから。
ただ、ひとつ言えるのは、割合と人付き合いが上手な一族の中にあって、親戚の集まりでもいつも人の輪に入ることもなくぽつねんとしているエンリケは、秘かに手を回せるほど人間関係において器用ではないと思っていた。
ただただそんな理由である。

しかし昨日、いきなり付き合っているフリを頼んできた少年の様子を見ると、フランの言っている事もあながちデタラメではないのかもしれないと思い始めた。

だっていきなり泣きだしたのだ。
中学の頃は風紀委員長を務める非常に真面目で意志の強い学生で、当時はエスカレータ式の学校で少々羽目を外し気味だったアントーニョはずいぶんと目をつけられて怒られたものだ。
そんな相手を前にいきなり泣き出したくらいである。
よほど参っていたのだろう。
堰を切ったように泣き出すその様子はまるで小さな子どものようで、放っておけなくなった。
ちょうどポケットに入っていたあめ玉をその小さな口に放り込んでやると、目からぽろぽろと涙をこぼしながらも、頬をふくらませながら口の中でコロコロと飴を転がすその様子は、可愛がっていた年下の従兄弟達の幼い頃を思い出させた。

そう思って見てみれば、ずいぶんと幼げで可愛らしい容姿をしていて、庇護欲をそそる。
繰り返すがエスカレータ式の男子校で今までこれにちょっかいをかける相手がいなかったというのは、なるほど不自然なことなのかもしれない。

まあそれはおいておいて、アントーニョ自身は女の子と付き合ったことはあっても男と付き合った経験はない。
しかしフリという事なら余計にそれらしく見えるようにしなければならないだろう。

――とりあえず…宣言した上で出来るだけ特別扱いするとこからかぁ…

まあ少なくとも相手がゴツイ系の男じゃないのは幸いだったとシミジミ思う。
幸いまだ少年ぽさの抜けない可愛らしい下級生が相手…なんとかなるだろう……たぶん。

とりあえずは交換したメルアドに最寄り駅を教えてくれるようにメールを送っておく。
遠くないといいんやけど……。
そんなことを思いつつ、アントーニョはその日の帰路についた。




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