「失礼します。」
とドアをノックをしてドアのすぐ側、一年のアーサーのクラスの担任に日誌を渡す。
そして戻ろうとすると、少し離れた2年の担任の隣には、なんとアーサーの想い人の姿があった。
体格だって細身だがしっかりと筋肉がついていて、男らしい。
そのくせどことなく温かい優しさのようなものが感じられて、ああ…今日もかっこいいな…と、思わず少し足を止めると、あちらはどうやら呼び出しのようだ。
『お前なぁ…もう少し成績どうにかしないと、部活制限せざるを得ないぞ?』
と渋い顔で言う教師に困ったように頭をかくアントーニョ。
サッカー部のレギュラーで点の稼ぎ頭のフォワード。
小等部の頃から知っているが、昔から明るくてスポーツ万能で、子どもの頃は虚弱であまり外で遊ぶ事が出来なかったアーサーはいつも教室の窓から友人達に囲まれて楽しそうにボールを蹴るアントーニョを眺めていた。
皆が外で遊ぶ20分休みや昼休み、一人ぽつねんと教室にいるしかないアーサーにとって、そこは楽しい仮想現実のようだった。
最初はめくっていた本もいつしか出すこともせず、ただただ窓の外を眺めては幸せな気分に浸っていた。
そうして憧れ続けて中学生。
転機はアーサーが風紀委員になった事で唐突に訪れる。
ちょうどやんちゃざかりな事もあって、学校を抜けだしてお菓子やジュースを買いに行ったり、制服を着崩したりと、瑣末な違反の多かったアントーニョに自然と注意するのが日課になった。
アーサーにとっては憧れの相手と唯一話を出来るきっかけで、ついついアントーニョに構い過ぎたのか、『なんで俺ばっかり目の敵にするん?!』と嫌われた。
確かその日も幼なじみを呼び出して号泣した気がする。
そんな過去にふと想いを馳せてぼ~っと突っ立っていると、担任が
「カークランド?どうした?大丈夫か?」
と、目の前で手を振っていた。
「ああ、いえ、大丈夫です。中間試験が終わってちょっと気が抜けてました。」
と言い訳すれば、
「お前無理すんなよ~。ダントツ成績トップなんだから。
この前の模試なんて全国2位だぞ?無理して勉強するより、少し休めよ?」
と担任が笑うのを、アントーニョの担任が聞きとがめたらしい。
「おい、向こうは全国2位だと。お前も全国2位取れとは言わないけどな、せめて学年のワースト10は脱出してくれ。
部活の顧問で担任の俺はめちゃ肩身狭いんだが…」
と、アントーニョに向かってため息をついた。
ああ…余計な事を…また嫌われる…と、アーサーは泣きたくなったが、そこで向こうの担任の一言
「いっそ神童様に勉強教わってこいっ!とりあえず追試全クリするまでは部活は禁止が規則だからな」
の言葉にハっとした。
「わかっとるわ。追試までにはなんとかする」
と、不機嫌に言って職員室を出て行ったアントーニョのあとを、アーサーは担任に会釈をしてから慌てて追った。
急いで職員室を出ると遠ざかる後ろ姿になんとか追いついたが、
「ちょ、待った!カリエド先輩ッ!待ったっ!」
と、思わず掴んだ腕は思い切り振り払われ、
「なん?追試用の勉強せなあかんし、忙しいんやけど。
もう風紀委員やないんやろ?校則違反もしてへんし…」
と、思い切り嫌そうな顔で振り向かれて、わかってはいたもののあまりの嫌われっぷりを再認識すると、気を張り詰めてないと途端にゆるくなる涙腺が決壊した。
もちろんいきなり泣くつもりなどなかったのでアーサーも動揺したが、もっと動揺したのはアントーニョだ。
「な、なん?いきなり泣く事ないやろっ?親分そんなひどいこと言うてへんで?
ちょ、泣きやみやっ。いじめとるみたいやん」
と、オロオロと周りを見回した挙句、結局今度はアントーニョの方がアーサーの腕を掴んでちょうど開いていた視聴覚室へと滑り込んだ。
あ~、もう、なんやねん…とガリガリと頭をかくアントーニョの声には困惑の色はあっても、もうトゲはない。
「…なんかあったかいな…」
と、ゴソゴソとブレザーのポケットを探って、あ、と、何かが手に当たったらしく、それを取り出す。
「カークランド、口開け?」
言われて思わずぽかんと口をあけると、ガサガサと包み紙が剥がされて丸い塊が口に放り込まれた。
「自分も同罪やからチクらんといてな」
と、アントーニョは手にした包み紙をポケットにまたねじ込んで言う。
口に放り込まれたのはまあるいキャンディだった。
アーサーはわけがわからないままコロコロとそれを口の中で転がしていたが、しばらくその様子を眺めていたアントーニョが不意にフハッと小さく吹き出す。
「自分…こうして見ると目ぇまんまるで、さらに今丸くしとるから、キャンディみたいやんな」
と、頭を撫でながら
「そろそろ泣き止んだか?」
と、顔を覗きこんできた。
初めて至近距離で見るその温かな笑顔に熱があがる。
顔が熱くなるのが自分でもわかって俯くと、またアントーニョの慌てた声。
「ちょ、どないしたん?気分悪いんか?顔真っ赤やで?」
そう声をかけられて小さく首を横に振ると、アントーニョは少し困ったように小さく息を吐き出して、
「ま、ええか。で?何か用やったん?」
と、行儀悪く机に腰を下ろした。
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