世は荒れ、妖怪が蔓延り人々を苦しめている世界を救うため、遥か西の地、天竺まで経を取りに行く必要が出来た。
さて、その人材をどうするか…。
名のある天界人は荒れた世を治めるため、それぞれに忙しく手が離せない。
かといって、只人に妖怪の蔓延る道中を越えて天竺までたどり着く事はできないであろう。
護衛二人までは決めたものの、それを率いる僧と護衛もう一人に、人選を任された菩薩は頭を悩ませる。
「本当は五行山に封印中の悟空を使えればいいんですけどね…。
あなた達、曲がりなりにも悪友と言われる間柄でしょう?
あのおバカさんを説得できないものでしょうか?」
そういわれて、半月刃の杖、「降妖宝杖」の刃の部分をせっせと研いでいた男が顔をあげた。
短い銀色の髪にこれは珍しい紅の瞳。
僧服に身を包んでいるくせに、剥き身の刃のように研ぎ澄まされたその物腰は、男がかなりの使い手であることを示している。
元の名をギルベルト、天から賜った名を沙悟浄と言う。
「あいつなぁ…無理!どつきあいしろってんなら、俺様なら互角に戦えるかもしんねえけど、天竺まで引っ張ってけってのはマジ無理だって。
他人の言う事なんざ聞いちゃいねえ奴だしな。」
この男、誤って天帝の宝である玻璃の器を割って天界を追われるまでは、天帝を守護する近衛兵の隊長、捲簾大将であったつわもので、今回、天界への復帰を条件に呼び寄せたのだが、幸いにして、もう一人の護衛、そして、さらにまだ本人の了承を得ていない護衛候補とは旧知の間柄。
悪友と呼ばれた仲なのである。
その、たった10年間しか天界にいなかった悟空と親しかった数少ない男にきっぱり言い切られて、菩薩はため息をつく。
そして悪友の片割れ、もう一人の護衛の方へとチラリと視線を移すが、移された男はプルプルと首を横に振った。
「お兄さんなんてもっと無理よ?説得も無理なら戦うのも無理だからね?今回戦うのはあとの二人に任せておっけぃって事だったから来たんだから…」
と、沙悟浄よりさらに情けない答えが返ってくる。
まあ…期待はしていなかった。
この男は元の名をフランシス…天から賜った名は猪八戒という。
天の川を管理する元帥であったのに、月の女神に言い寄った事で天帝の怒りを買い、天界を追放された男である。
この男が起こした色恋沙汰は月の女神の一件だけではない。
女官たちは言うに及ばず、美しければ男でもという節操のなさ。
それでもそれまでお咎めもなしに許されたのは、ひとえに男の見かけの良さと、万人に対しての優しさ、人の好さゆえである。
もし言い寄ったのが身分のある女神でさえなければ、おそらく今も天界の優男として、あちこちで浮名を流して苦笑いをされていたであることは請け合いだ。
だが、そんな人当たりの良い優男のコミュニケーション能力の高さも、お互い知り尽くした遠慮のない悪友相手では役には立たなさそうである。
「困りましたね…どうしても二人は腕の立つ者…出来れば長い道のりなので息のあった者同士で行かせたかったのですが……」
ふぅ…と、菩薩は小さく息を吐きながら眼鏡をついっと指先でおしあげると、今度は一縷の望みをかけて、うららかな日差しに誘われたのか中庭の木陰で午睡をとる釈迦如来に歩み寄った。
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