涙と鼻水でもうボロボロになった顔を袖口で拭こうとすると、手の中の子猫がくるりと手の内を飛び出して、パフンと煙に包まれたかと思ったら、目の前には涙目の英国紳士。
「…なんでお前まで泣くんだよ?」
と、泣き笑いを浮かべて、ハンカチで顔を拭ってくれる。
あいつがそういう意味で自分の事好きやってわかったら、あいつのとこ行ってまうやん」
自分でもすごく情けない事を言っている自覚はある。
別に泣き落とすつもりはないが、これではそう取られても仕方ないかも…と、必死に涙をこらえようと思うが、どうやら壊れてしまったらしい涙腺は持ち主の言う事を聞いてはくれない。
ポロポロ泣いてると、ばぁか、という言葉が降ってきた。
「家族と恋人は違うだろ」
「…やって……あいつといる方が寛いでへん?」
「…だって家族…だから。
家族は当たり前に縁があるもので、切ろうと思っても縁て切れないだろ。
俺が普通に我儘や嫌な事言っても、あいつとは切れない。
でも恋人や配偶者は違う。
他人だから。当たり前じゃない関係を当たり前に近づけるために努力が必要なんだ。
相手は自分次第で自分にとって良い配偶者にも嫌な配偶者にもなる。
愛されたければ自分も相手を尊重するべきだし、それを怠ったら愛されなくなって、最悪離別もありうる。
でも唯一、特別で、一番だ。
そうまでしても敢えて一緒にいたくて居る他人だから…」
「…当たり前…にはなれへんの?」
「…ずっと一緒にいればそれに限りなく近くなれる事はある」
「…努力せんと俺とは一緒におれへん?」
「……でも楽しい努力だぞ?」
コツンと広いイギリスの額がスペインの額に軽くぶつけられた。
「…多分な…ポルとの絆は切れない」
「………」
「でも…一緒にいるのはお前とだ」
「自分…ずるいな」
俺に対しても…ポルトガルに対しても……という言葉は敢えて言わない。
その理屈で言うならば、ポルトガルには努力させているのだと思う。
ポルトガルは元々はまどろっこしいことをする男ではない。
気に入れば即抱こうとするし、気に入らなくなれば自分が贈った物は全てとりあげて後を残さないようにした上できっぱり縁を切るようなはっきりした男だ。
そんな男に、ナポレオン戦争後には内政干渉に近いようなこともして、ああ、そうだ、18世紀以降、イギリスと結んだ通商条約のせいでポルトガルはイギリスの経済に隷属する羽目になったとか言う事もあったはずだ。
そこまで永遠の信頼、永遠の忠誠を差し出させて、家族だから、切れない縁だから良いだろう?と天使のような顔で微笑んで他の男の元へ行く。
そしてその恋人にはあいつは家族だから…と、そばにいるのは仕方ないのだと言ってくれるのだ。
これを悪気なく本当に無意識に言っているのだから、とんだ小悪魔だ。
なのに憎めないどころか離れる事もできないのは、
「ずるい…か?だって二人共別の意味で大切だぞ?」
「…じゃあもし…親分とポルトガルと両方が落ちたら死ぬかもしれん崖から落ちそうになってたらどっち助ける?」
「……ポル…かな?ああ、でも安心しろ。そのあとちゃんとお前も助けるから」
「………」
「だって…お前の方が丈夫そうだし?ポルが死んで後悔して生きんのやだろ?」
「…あかんわ。親分もう落ちて死んでまうわ」
ぷすりとスペインが膨れると、きゅうっと首に腕を回して抱きつきながら、
「なら俺もその後に飛び降りて一緒に死んでやる」
…これだ。
本当に…なんでこんな悪気なく相手を惹きつけ振り回すんだ…ああ、猫だからか?
今度ポルトガルと飲みに行こう。
そして崖の話を話してやる。
そうしたら…あいつはどんな表情をするだろうか……。
きっとこれからも自分達はお互いにお互いの立場を羨んで苛立ったり落ち込んだりするのだろうということは容易に想像がつく。
だが今はイギリスはここに、自分の側にいる。
とりあえずそのことを楽しもうか…。
0 件のコメント :
コメントを投稿