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お前…いったい急にどうしたんだ……
ま~お~と力ない鳴き声。
ぐったりと布団に突っ伏しているアーサーを労わるようにペロペロ舐めながら、スペインは前足でカリカリと頭を掻いた。
――わからんのやけど…なんや急にカ~っとなって我慢できなくなってもうた。堪忍な?
と、甲斐甲斐しくまたアーサーの毛繕いを始めるスペインに、
――まあ…猫で交尾なんて滅多に出来る事じゃねえから、面白い経験ではあるのかもしれないけど…
と、ぐったりと布団に身を投げ出して、
――回数考えろ…
と、呆れたように言うアーサー。
――いきなりアーサーが成長してもうたのと同じような感じで、いきなり発情期きてもうたのかもしれへんなぁ…
――他人事みたいに言うな、ばかぁ……
とま~おと鳴いた瞬間に口に入った布団はやっぱり甘い。
ふにふにとしたこの肌触りは日本の所で食べた羽二重餅な気がする。
はむはむと口の中で遊ぶともにもにする感触が心地よい。
そのまま毛づくろいをされながらしばらく布団を噛んでいたアーサーは不意に叫んだ
――腹痛いっ!!!
――へ??
その叫びにびくっと顔をあげるスペイン。
痛みに耐えるようにもにもにと羽二重布団を噛むアーサーの顔の方へと回り込んで、焦ったようにその顔を覗きこんだ。
――どんな感じ?!!すごく痛いん?!お菓子食べ過ぎたっ?!それとも中にだしてもうたから?!!!
――わ…かんね……。でもすげえ痛い……。腹われそ……
痛みに震えながらアーサーがそういうや否や、すっきりと無駄な肉のなかったその腹が見る見る間に膨らんでいく。
え?ええ??!!!
――妖精さんっ!!ちょお妖精さん来たってっ!!大変やっ!!アーサーがっっ!!!!
何が起こっているのかわからず、スペインがオロオロと空中に向かって叫んでいる間にも腹は膨れていって、やがて膨張がぴたりと止まると、まばゆい光に包まれた。
――ちょ…アーサーっ!大丈夫かっ?!!!
必死に近寄るアントーニョの耳に入ってきたのは、ま~お(大丈夫だ)!と無事を知らせるアーサーの声とは別の、もっと高くか細い、マォ~、ニャァ~と言う鳴き声。
ええ???
眩しさを振り切るようにぱちぱちと瞬き二回。
前足でコシコシと目をこすると、光が消えたあとに現れたのは大小の金色猫と、耳の一部から額あたりにかけてと背が薄い茶色の…ようは今の自分を小さくしたような子猫。
拾いたての頃のアーサーよりさらに小さなまだ目も空いてない二匹を前にアーサーも目を白黒させている。
…まぉ~
とか細く鳴く声に考えるより先に身体が動いた。
スペインは小さなその金色の体をぺろぺろと舐めてやる。
すると、習うようにアーサーももう一匹の方を舐めはじめた。
まだ体温調節が出来ない子猫が冷えないようにアーサーと自分の身体で挟んでやれば、子猫たちは安心したようにすり寄った。
――な…に…この子らっ!か、かっわかわええぇぇ!!!どこから来たんっ!!!
――……たぶん…腹ん中…から?さっきまで腹ん中ですげえなんか暴れてる感じがあった…
――っ!!!!
まさか?まさかっ?!!!!
そういえば二匹それぞれ自分とアーサーに似ている気はするが……
――…でも…雄同士やんな?
と、ぽつりとつぶやいた瞬間、ぽわんと空中が光って最初の妖精が現れた。
(あのね、この世界は肉体がない霊体の世界なの。
だからわかりやすく言うと、二人とも本来の身体は元の世界に置いたまま魂だけ霊界に来てるって形。だから性別も種族も関係ないのよ?)
実に邪気のない笑顔でにこにこすさまじい事実を明かしてくれる妖精さん。
――え~っと…ようわからんけど、結局この子らは親分とアーサーの子なん?
理解できない、しようとする気も起こらない。とりあえずそれがわかればいいとスペインが聞くと、妖精はちょっと小首をかしげて、小さな指を唇にあてて考え込んだ。
(えっとね…二人の霊体が混じり合って出来た存在?あなた達の世界の血を分けたっていう意味とは違うけど、物理じゃなく精神でつながっているという意味ならそうとも言えるわね。霊体同士が強く干渉しあうと出来るから、干渉したくなる環境整えてみたのっ!すごくびっくりしたみたいねっ。いたずら成功?)
うふふっと笑う姿は可愛いわけだが…
――いたずらはええけど…この子達ってどうなるん?
物理的に生まれたわけじゃないということだと、まさかいたずらが成功して満足したら消えてしまうんだろうか?
こんな可愛いのに?確かに生きてぬくもりを感じているのに?
スペインは今自分の指をちゅうちゅう吸っている金色子猫をぎゅっと抱きしめる。
いややっ…消すのなんて嫌やっ!
そんな思いで見上げると、妖精は連れて行きたいの?と、スペインの感覚だと極々当たり前の事を不思議そうに聞いてきた。
そういえば…精霊は人間とは違う世界観、違う感覚で生きているのだ、だからたまに自分達からみたらとんでもない事を考えたりしたりすると、はるか昔ローマが言っていた気がする。
これがそういう事なのだろうか。
それが肉体という形じゃないとしても自分とイギリスの精神を分けた子どもたちを置いていけるはずがない。
――妖精さん、お願いや。俺らが元の世界に戻る時、この子ら連れて帰らせて?
もうスペインにとってはそれはそれは切実な願いだったわけだが、妖精にはよく理解できない感覚らしい。
(えっとね、あなた達の世界だと、この子たちはちょっと変わった格好してることになると思うわ。
大きくなったら擬態もできるけど、ちっちゃいうちは無理。それでも連れて行きたい?)
と不思議そうに聞かれるのが不思議だ。
だって自分の子なのだ。誰が何と言ってもこの子は自分の子だっ!
――かまへんからっ!人目に付いたら問題あるようなら、親分自力でうちん中だけで育てるし、自分がどうしても出ないとあかん時は子分たちに頼むから。お願いや。一緒に行かせたってっ!!
もうこの際猫でも犬でも牛でも熊でも構わない。
そう断言すると、横でアーサーも
――どうしても大変な時は家にいれば皆(妖精)がいるだろ?
と、やはりもう一匹を抱え込む。
妖精的にはその感覚が理解できなかっただけで、特に依存はないらしい。
(こっちの精霊界で育てた方が楽だとは思うけど、イングランドがそういうならそうするわ)
と、そろそろ時間だということで、またほあたっ!とステッキを振った。
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