不思議の国の金色子猫12

その日は結局一日中そんな感じでアーサーはスペインについて回った。

少し離れるのも嫌がるその様子はまるで親に置いて行かれるのを恐れる子供のようで、可愛らしさは底なしだが、どことなく元気がないような気がして気になる。

そして二日目…まるで眠っていないかのように、フラフラとしていて、どことなくやつれている気がした。

それでもまるで何かを恐れるように、マオマオ鳴きながらかたくなにスペインから離れようとしないアーサーに、スペインの不安は否が応でも高まっていく。

三日目…スペインが目を覚ました時にはアーサーは布団の上で餌を吐き出したままぐったりとしていた。


「アーサーっ?!!!」
驚いて叫んで飛び起きると、小さな瞼が少しだけ開いて、ペリドットのような瞳がかすかに覗いたが、すぐ瞼が落ちる。

小さな体がかすかに震えている他は、呼びかけても返事がない。
いつも過敏なくらいに反応するのに、全く反応しないのだ。

もちろん一刻の猶予もないと思った。

スペインは自分は即捕まらない程度にそのあたりのシャツをひっかけてジーンズだけ履くと、アーサーは何枚か贈られていた綺麗な替えの布団に移してケージへ入れる。

その後どうやってたどり着いたのかわからない。
頭が真っ白で気づけば動物病院で泣きわめいていた。

以前病院に駈け込んだ時も酷く心が痛んだが、こうして心を通わせて長く慈しんだ今では痛いどころではない。
心が引き裂かれて気が狂いそうだ。


「いややぁ~~!!!助けたってっ!!!死なさんといてぇぇ!!!!!」

泣いて叫んで暴れて、そう、国の中でも腕力には定評のある、衰えたとはいえ、元軍事覇権国家の化身が暴れるわけだから大参事になりかねない。

そこでスペインが国体であることも承知している旧知の獣医が

「あほぉ!助けたいなら暴れんときやっ!治療できへんやろうがっ!!!」
と、後頭部に重い一撃をくれなければ…そしてそんなタイミングでなんとも都合よく目を覚ましたらしいアーサーが弱々しい声で…ま~ぉ……と鳴かなければ、病院一つくらい余裕で壊していたかもしれない。

「一回戻しただけやろ?なんでいきなり死ぬとか話になんねん」
ケージからアーサーを出して抱き上げた医者は、な~?と、子猫に向かって語りかける。

ま~ぉ?
とそこでアーサーがことりと小首をかしげると、賢い子ぉやなぁ、と、笑って診療台で聴診器を当て始めた。

色々調べて血液検査までして、その間に一応栄養を入れる点滴を一本打って…そして悲壮な顔で待つスペインをまじまじと見つつ、一言

「なんや最近ストレス与えてへん?」
「はあ?」

どんなすごい病名が出てくるのかと、まるで死刑台までの13段の階段をのぼるような気分で待っていたところに、そんな言葉が降って来て、スペインはまぬけな返事を返した。

「猫ちゃんによっては、めっちゃストレスに弱い子ぉもおんねん。
この子の場合、見たところどっこも悪いとこないみたいやし、考えられるとしたら、そんなとこや」

「あ~…あるある。それあるわぁ~~~」
スペインは思い切り安堵で力が抜けるとともに、途方に暮れる。

アーサーはストレスに弱い。
それはスペインも思い切りわかっていたことで…しかも今回アーサー的には許されざる事をしでかしてしまったと思っていて………

「親分が色々足りんかったわ。うん、もっと安心させたったら良かったな」
堪忍なぁとスペインは医者の手から小さな金色の塊を受け取る。

「親分な~、アーサーに何かあったらほんまショックでこんなボロイ病院どころか、街の一つ、国の一つくらい壊しかねへんで」

目をまんまるくしたまま固まっている子猫にそう語り掛けると、医者は呆れた顔で

「それほんまに出来てまう自分が言うたら洒落にならんわ」
と、やれやれといった感じで首を横に振った。

その医者の呆れかえった言葉は華麗にスルーして、スペインは唐突に…本当に唐突に言った。

「なあ、アーティ、お散歩行こか」

…ま、まお?

「閉じこもっとるんもよぉなかったんやと思うんや。ええ天気やし、ちょっと歩こうか」

スペインはひょいっと子猫を抱き上げると、いったんケージに戻して会計をすますと、車で自宅近くの公園へ。


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