不思議の国の金色子猫8

ずっと隣で守るように、必要な…しかし反発を呼びそうな提案については自分達の意見として発表してくれるスペインとプロイセンと、それを上手に持ち上げて通してくれるフランス。

本当に今回の会議はどうなっているのだろうと思うわけだが、それについては昨日プロイセンの口からきくのを忘れていたため、相変わらずわけがわからない。

それでも…きっとこれが最後だ。

少なくともフランスとプロイセンはとにかく、スペインまでが参加してくれるのはこれが最後だろう。

嬉しい…けど寂しい。

そんな寂しさをふと感じると、普段KYと言われているのが嘘のように、そんな気持ちを素早く察したスペインが、元気づけるように、テーブルの上に握ったまま置いたイギリスの手をぽんぽんと叩いてくれる。

そんなさりげない優しさに胸が痛んだ。

泣きたくて…でも会議の場で泣くわけにも行かなくて、ぎゅっと固く結んだ手を震わせてうつむくイギリスに、スペインは心配そうにエメラルドグリーンの瞳を少し細めると、いきなり手をあげて立ち上がった。


「あ~、今日イギリスちょっと体調良くないみたいやねん。
会議も残りもうちょっとやし、議長はプーちゃんがやるな?」
と、宣言をすると、ストンと座る。

もちろん別に自分に押し付けられるわけでなければ反対者も出ず、指名を受けたプロイセンは当たり前に

「じゃ、次の議題行くぞ~」
と、何事もなかったように…まるで元々自分が議長国だったように当たり前な様子で仕切り始めた。

本当にいったいどうなってる?

どんどん進められていく事態に目をぱちくりするイギリスに、スペインはポケットを探って何かを取り出すと、柔らかく笑みを向けて指先をイギリスの口元に伸ばしてきた。
褐色の指の間には優しい乳白色のまあるいキャンディ。

「どうせこのあとは自分が話さなならん議題はないさかいな。これ食べとき。
ミルクキャンディやで」
と小声でささやいて、指先に力を入れると、それはイギリスの口の中にコロンと落ちてきて、柔らかな甘さが口いっぱいに広がった。

「ええ子やね、もうちょっとだけ頑張り?」
と、ころころと口の中で飴を転がすイギリスの膨らんだ頬を満足げに見つめると、スペインはそう言って、前を向いて会議へと戻っていった。

ああ…やっぱり好きだな…と、イギリスは思う。

子猫の姿ですっかり習慣化してしまったデロデロに甘やかされる日常。
優しい視線と優しい言葉を、それこそ太陽の日差しのように燦々と降り注がれる日々。

元々自分のモノではなく、仮初の姿の時限定の夢のようなモノだったはずなのに、なくなってしまうのがひどく悲しく恐ろしい。

それでも…最悪現状維持できる策を授けてもらった以上、進まないわけにはいかない。

こんな時に限って二日目は午前中で終わってしまう短い世界会議に小さくため息をつきながら帰り支度をしていると、ふわりと頭に置かれる温かい手に泣きそうな気分で隣を振り返る。

「なんや元気ないなぁ。今日良かったらこれから親分の家くるか?
自分によう似た可愛え子猫もおんで?」
と、何も知らずに微笑むスペインに、余計に思いは募った。

こんな風に温かな慈愛に満ちた微笑みを向けてもらえるのは、この姿…人間の姿ではきっとこれが最後だ。

しっかりと目に焼き付けておこう…と、じ~っと見つめはするが、誘いには乗らない…乗れない。


「サンクス…でもこれから外せない仕事なんだ…。」
と言うと、スペインはまた心配そうな表情を乗せて、コツンと自らの額をイギリスの額に押し当てた。

「仕事も大事やけど…無理したらあかんよ?
今日は親分まっすぐ家帰らんと猫が家入れへんかもしれんから一緒におってやれんけど、もし辛なったら電話しいや?
猫回収したら迎えに行ったるから、親分とこおいで」
優しい…心から心配してくれている言葉に胸が詰まった。

全部話して泣いて謝って許してもらえたら…そんな気分にかられるが、今はダメだ。
その時じゃない。

「わかった。その時にはよろしく」
と、無理に笑うと、手を振って別れを告げた。


「おし、今日は一緒に飯食って帰ろうぜ」
と、固まったままのイギリスの視線を遮ったのは、焼けたスペインの手とは違って、白いプロイセンの手だ。

濡れた目元をその手で隠したまま、
「大丈夫、俺様の策に失敗はねえ」
と、だから泣くなと、目元を覆っているのと反対側の手で肩をぽんぽんと叩く。

「安心しろ。絶対に大丈夫だ」

と言う声が優しさに、涙はますます止まらなくなったが、なんとなく気持ちが楽になった気がした。


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