不思議の国の金色子猫1



朝…会議室に一歩足を踏み入れた瞬間目に入った光景に、プロイセンはぞわりと嫌な気分が胸の中に広がった。

書類が置かれたテーブルの並んだ部屋の隅、予備のテーブルに置かれたチュロスはスペインが、紅茶はイギリスが用意したものだろう。

二人で菓子と茶を持ち寄って談笑など、以前ならあり得なかったことだ。
前回の世界会議までは確かに不仲だったはずの二人は何故か前回にスペインからの歩み寄りがあったので、距離が近づいたのかもしれない。

少なくともスペインの側は距離を詰める気が満々なのは、先日スペイン宅で本人に直に聞いている。

その要因となったのは、見かけも性格もイギリス似の、そのためにスペインがアーサーと名付けた子猫。

生まれて2か月くらいだろうか。
ふわふわの金色の毛並みに大きく澄んだまあるいグリーンの瞳。
高い声でマオマオ鳴きながら飼い主であるスペインの後を付いて回ったかと思うと、スペインのエプロンのポケットや、専用の場所と決められたマグの中に納まっていたりする。
やんちゃで素直じゃないかと思えば、繊細でまるで他人の痛みがわかるかのように優しいところがある。

正直可愛いと思った。
本来は犬派の自分が連れて帰りたいと思うくらいには…。

ああ、もうはっきり言おう。
プロイセンが本当に持ち帰りたいのは子猫ではない。
その子猫によく似たお国様の方だ。
かの国に似ているから子猫も可愛い。

その逆に子猫に似ているから国の方を好きになったというスペインの話を聞いて、思わず、子猫には手を出さないから国の方には手を出すなと言いそうになった。


強がりで実際腕っぷしも強くて、でも不器用で傷つきやすく寂しがりや。
そんな雨の国の国体にプロイセンはもう随分前から恋をしていた。

しかし古い時代にはまずドイツを育て上げる事を優先しなければならず、その後は統一する事によって完全に国としての機能を失った自分が消える可能性を考えると寂しがり屋のあの国をひどく悲しませる事になることを恐れて友人以上の距離に踏み込むことが出来なかった。

それでもせめてもと、元弟や腐れ縁、その他スペインを始めとする因縁の深い国々がかの国をからかったり傷つけるような言葉を吐いても、プロイセンは決してそれに乗らなかった。

かといって日本のように、完全に良い友人の位置に甘んじる事も潔しと出来ずに幾星霜。

もう消えるならいい加減消えているだろうし、統一の影響で自分が消える事はないのだろうとある程度確信が出来た現在、そろそろもう一歩近付けたらと思っていたら、まさかのスペインのイギリスを好きだ宣言である。

正直焦った。
非常に焦った。
先に想っていたとはいえ、後出しのように想いを口にするのも憚られ、いい加減な気持ちで近づくなと警告するのが精いっぱいだった。

こうして、ああ、もうほんの少し早く伝えておけば…と、後悔したのだが、よくよく落ち着いて考えてみれば、スペインが好きだとしても、イギリスもそうとは限らない。

まだ遅くはないかもしれない……。

そんな一縷の望みを託して、今日はイギリスが好きなクーヘンを焼いて、弟のドイツに頼んで代理として世界会議に出席させてもらったのだが……。

非常に近い距離で見つめ合っている二人。
スペインの手がイギリスの肩にかかり、イギリスの目には涙の跡。

一体どういう状況なんだ?
どちらかが告白でもしたのか、了承したのか断ったのか……

『どうしたんだ?』などと聞いて二人にのろけられたりする覚悟はまだ到底ないので、とりあえずスペインの側が何かをしてイギリスが泣いていると仮定してイギリスをスペインから引きはがして締め上げたら、なんのことはない、二人でお茶をしている最中に目にゴミが入っただけと聞いて脱力する。

こちらが勝手に勘違いしただけなのに、

――あ、あの…心配してくれたお前の気持ちは嬉しくないわけではないぞ。
と少し照れたように言ったあと、すごくすごく恥ずかしそうに

――その………サンクス……。
と、真っ赤になって俯くのがめちゃくちゃ可愛い。

これで昔は世界を牛耳っていたというのは反則だ。
というか、これ脈ありなんじゃないだろうか?
なんとも思っていない相手にこんな可愛い顔はしないと思う。

会議前から俺様の気力を返せっ!と、スペインには言いたかったがそれを飲み込み、かろうじてスペインに進展がなかったことを心ひそかに祝う事でよしとし、スペインからの逆襲の蹴りも軽やかなステップでかわす。

俺様カッコいいっ!

……と思っていたら、いつのまにやら女王様は漁夫の利男がちらつかせる菓子の袋のカサカサ言う音と良い匂いに釣られて、フラフラと誘導されている。


ちくしょうっ!!と、慌てて後を追うも、プロイセンが天誅を下すまでもなく、実は目的の為なら真っ黒になる太陽様の情熱的なキックで、悪漢漁夫の利野郎は会議室の壁の際まで吹き飛ばされていたので、そちらは放置で愛しいイギリスの隣の席をキープした。


もう片方の隣には当たり前に太陽の国が陣取っているが、まあ仕方ない。見ないふりをしておく。




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