親分と魔法の子猫1



それはプロイセンの一言で始まった。


前夜悪友と共に酔いつぶれてリビングの床で転がっていたスペインは、顔の上で足踏みをされている感触で目を覚ます。

毎朝毎朝これで起こされているので、すでに条件反射だ。
どんなに前日寝るのが遅かろうと、顔に肉球が当たると、身体がもう起きる時間だと認識してしまう。

「アーサー、おはようさん。自分も今日はこっちで寝たんかいな」

ふわぁぁ~と欠伸をしつつ、ちらりとリビングのドアが閉まっている事を確認してそう聞くと、アーサーは『まぁ~お』と返事をしながら、床に置きっぱなしだったミルク皿に前足をかけてカタカタ揺らした。

アーサーは腹が減るとスペインを起こすので、スペインの家の一日はアーサーの腹時計によって動いていくといっても過言ではない。


こうして
「はいはい、お腹ぺこぺこやんな。堪忍なぁ」
と、アーサーの頭を一撫で。そしてミルク皿を手に立ち上がるスペインに、声をかけたのはプロイセンだった。


「なあ、こいつまだ離乳食やってねえの?」

いつのまにやら目を覚ましていて、『おはようなっ』とアーサーの頭を撫でながらそういうプロイセンの言葉に、スペインはきょとんとした顔をしたまま無言でプロイセン、ついでアーサーに目を向ける。

その態度がすでに答えだと察したプロイセンは、『お前の事だからそんなこったろうと思ったぜ』と、起き上がって自分の鞄をあさり始めた。

そして取り出すのは猫の餌二点セット。

「これな、猫缶とドライフード。何かかき混ぜるための器とフォークあるか?」
「おん。今のミルク皿の前に使っとったミルク皿でええ?」

プロイセンが猫缶とドライフードを手に当たり前にキッチンへ向かうのに、スペインも同行して食器棚から皿とフォークを出す。

「ドライフードは水でふやかして…と。スペイン、ミルクを少し溶かしておいてくれ」
「おん、わかったわ」

こうしてプロイセンの指示でプロイセンとスペイン二人の手によって子猫用の離乳食とやらが作られていくが、正直アーサーは空腹だった。

そんなものはどうでもいいからミルクが欲しくてマオマオ鳴くが、プロイセンは

「ちょっと待っとけ。今を逃すとこいつ下手すれば一生ミルク生活させるからな。
俺様がいるうちにしっかり教えといてやんねえと」
と、ぐしゃぐしゃと頭を撫でるばかりで、一向にミルクをくれる気配がない。

そこでアーサーは少し離れたところでミルクを溶かしているスペインに『まぁ~お~』と思い切り甘えた声を出してみる。

するとスペインの方は
「ああ、お腹すいてんやんな。先にミルクやろうか」
と、ミルク皿にミルクを注ぎかけて、ぱこ~んとプロイセンに後頭部を殴られた。

そして、
「馬鹿野郎っ。腹いっぱいになったら離乳食に興味示さねえだろうがっ」
と、プロイセンがスペインの手からミルク皿を取り上げる。

それに対して
「せやけど…腹へっとるのに可哀想やん」
悲しそうな視線を送ってみせるアーサーにほだされて、へにゃりと眉尻を下げるスペインだったが、何かをプロイセンに耳打ちされると、いきなり

「そやねっ。しゃあないわな。ずぅっとミルクってわけにもいかへんしなっ」
ところりと態度を翻し、機嫌よく皿を洗い始めた。


これは…だめそうだ。

アーサーはその様子からいち早く二人からミルクをもらう事は諦めて、クルリと反転、リビングに向かって走り出すと、まだ床で寝転んでいるフランスに向かって、マオマオ鳴いてミルクをねだる……が、起きない。

髭のくせに生意気なっ!!
と、そこでアーサーはすぴょすぴょ寝ているフランスの顔にぴょんと飛び乗ると、スペインにするよりも若干勢いよくはずみをつける感じで足踏みを始めた。


踏み踏み踏み踏み………

……起きない。

お前どんだけ寝汚いんだっ!髭のくせに!髭のくせにぃぃ!!!

か~っと頭に血がのぼって思わず出た爪が顔のどこかに引っかかったらしい。

「うあああ~~!!!」
とこれにはさすがに驚いてフランスが飛び起き、いきなりのその動作について行けず、アーサーはぽてんと床に転がり落ちる。

まあ床は絨毯が敷いてあるうえ、寝ている顔の上からなので高さもたいしたことなく、驚きはしたが怪我はない。


……が、

「自分、何しくさったんやあぁあぁ~~!!!!!
いきなり床に落としてアーサーが怪我でもしたら自分ハルバードで切り刻むでっ!!!!!!」

と、そこでいつのまにかリビングに戻ってきていたスペインのこぶしがフランスの頬に炸裂して、フランスは壁に吹き飛ばされる。

うわぁあ……と、綺麗に吹っ飛ぶフランスを感心しながら目で追うアーサーは、慌てて駆け寄ってきたスペインに抱き上げられた。

「アーサー、可哀想に。怪我ないか?」
と、小さな足やら背やら頭やら、体中を確認するように手で撫でるスペインに、壁の方からフランスが

「酷いっ!お兄さんの心配はっ?お前愛が足りなさすぎだよっ!」
と、訴えると、離乳食の皿を持ってキッチンから出てきたプロイセンが、

「まあ、相手はまだチビだからな」
と、苦笑する。


「あのねぇ、お兄さんいきなり顔に爪たてられたんですけど?」

と、あれだけ派手に吹っ飛ばされたわりには、ピンピンした様子で部屋の中央に戻って来て訴えるフランスに、デレデレとした顔でアーサーの顎の下を撫でていたスペインが、

「何言うてんねんっ!この子、優しいから起したろ思うて顔の上に乗っただけやんっ。
親分も毎日されとるけど、爪なんてたてられた事あらへんでっ!」
と眉をしかめる。

ああ…悪い、爪出したわ。
…と、思ってもそこは子猫なので言葉にすることはできず、まあいいか、相手はヒゲだし…と、アーサーも流しておく。
哀れフランス…。


「まあ、そんな事どうでもいいから、食わせてみようぜ」
と、そこで空気を読まずに離乳食の皿を掲げるプロイセンに、そんな事なんてプーちゃんひどいっ!とヨヨと泣き崩れるふりをするフランス。

しかしスペインの関心はコロっとそちらへ向かったらしい。

「そうやなっ。離乳食やらなっ!」
と、プロイセンを振り返る。

なんでお前そんなに嬉しそうなんだ?と、思わずフランスとアーサーが首をかしげてしまうくらい満面の笑顔だ。





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