親分と子猫5

「ホンマ?」
そこでスペインはようやく抱きつぶすのをやめてくれた。

そして目線より少し上に持ち上げられたため、涙目の上目づかいでそう聞かれる。

うん…それが意外に可愛いとか思ってねえぞ…と、心の中で思いながら、イギリスはどう答えようか悩む。

何故スペインがここまで自分に――正確には自分が姿を変えた子猫にだが――固執するのか、よくわからない。

他の子猫を連れてきてもダメだと髭が言っていた事だし、しばらくはそのあたりを探るのが正解か…。

幸い行事や世界会議以外は、実は絶対にイギリス自身がやらなくてはならない仕事もないので、少しスペインにつきあってみるか…。

一応恩人ではあるわけだし、このまま不義理をして憔悴されるのは、紳士としては問題だからで、太陽の国に甘やかされるのが心地いいとか、そんな理由では断じてないっ!

そう、紳士としての義務だっ!

と、誰が聞いているわけでもないのに、心の中でそう言い訳をしながら、イギリスはスペインのくせッ毛を前足でパフパフと叩いた。

――俺にも色々都合ってものがあるから、月に数日は出かけるけど、それは認めろ。

「……普段は……おってくれるん?」
きゅるんとした目でそう言うスペインは可愛いと思う。

いつもいつも子猫のアーサーを可愛い可愛い愛でまくるが、良い大人なのに可愛いのはお前の方だっ!と声を大にして言いたい。

マオ…と、返事をすると、とたんにスペインはぱぁ~っと満面の笑みを浮かべた。
それが本当に本当に嬉しそうで、イギリスの胸の奥に何か温かいものが灯る。

もう随分とこんな風に誰かに求められた事はなかった。
それが例え子猫という、他者に受け入れられやすい仮の姿であっても、やっぱり嬉しい。


昔々…世界中に疎まれて狙われて虐げられていた頃、この温かく大きな男の腕の中で可愛がられている南イタリアを、胸が締め付けられるくらい羨ましく眺めていたことを、きっとこの男は知らない。

あの頃渇望したその手が、一時的にでも仮にでも手に入るのだ。

そんな浮かれたイギリスの気持ちは、きっかりと猫の特性として表れて、ふさふさの金色のしっぽがピンと伸びて、喉がゴロゴロ鳴る。

そして…例によってそんな自分に気づくと、慌てて離れようとするが、スペインは大きな手でしっかり胴を掴んでいて離さない。

しばらくそれでもジタバタジタバタしていたが、やがて疲れて諦めた。

――とにかく…お前が会議から帰る頃には戻るようにするから…。

マオっと誤魔化すように一声鳴いた後にそう言うと、スペインは少しがっかりしたように

「なんや、今晩から一緒ちゃうの?」
と眉尻を下げる。

それでも
――俺はただの猫じゃないから、色々事情があるんだよ。
と少し甘えるように金色の頭をすり寄せると、ほわりと嬉しそうに笑みを浮かべたあと、しゃあないな、と、不承不承納得した。


……本当に……そんな顔されたら…さよならなんて言えないじゃねえか…

嬉しいけど戸惑う。戸惑うけど嬉しい。

そんな感覚に少し困ってしまってうつむくと、

「なん?照れてるん?可愛えなぁ」

と、スペインにまた嬉しそうに言われて、羞恥のあまり絶句したあとに、思い切り顔面めがけて必殺肉球キックをお見舞いしてやった。


まあ…子猫の小さな柔らかい足では大したダメージにはならなかったようで、

「イタタ、もう、相変わらずやんちゃやなぁ」
とさらに嬉しそうに微笑まれてしまったわけだが…。

人間の姿なら絶対に真っ赤になっている自信があるが、幸い今は子猫なので顔色が変わることはない。

が、やっぱり気恥ずかしくて、


――いいから、明日からの会議、しっかり出て、仕事して、俺のミルク代稼いで来いよっ!
などと可愛くない事を言いながら、またパフパフと前足でスペインを蹴りあげる。

が、スペインはそれでもやっぱり幸せそうに

「はいはい。親分、お姫さんのためにめっちゃ美味しいミルクいっぱい買えるよう頑張ってくるさかい、家で良い子で待っといてな。」
と、微笑んで頬ずりをしてくるのだった。



翌朝…前夜に泣き寝入りしたベッドの上でスペインが目を覚ますと、当たり前だがアーサーはどこにもいなかった。

…あれ…ほんまただの夢やったとかとちゃうよな?

むくりと身を起こすと、昨夜確かにあの小さく柔らかい身体を抱きかかえた己の手に目をやり、それからその手を、あのふにふにした肉球で散々蹴られた顔にやる。

もちろんそこにはなんの名残もないことが悲しく寂しく、また不安になる。

せめてあの子がもう少し大きくて、あんな柔らかな足ではなくて鋭い爪でひっかき傷でも残してくれていれば良かったのに……。

そんな事を考えて、また落ち込みかけたが、夢にしてはあまりにリアルだったこともあり、あれは本当の事だったのだ、と、気を取り直す。

「とりあえず、あの子のミルク代稼がにゃあかんな。」

パン!と両手で頬を叩いてカツを入れると、スペインはベッドから飛び出して、会議に出るべく、シャワーを浴びにバスルームへと向かった。

大きな希望と少しの不安を抱えて、気持ちがかなり揺れる。

帰ってみなければ、あれが自分の願望が見せた幻なのか本物のアーサーからのメッセージだったのかがわからないのが本当につらい。


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