その日は前夜、スペインにしては珍しく急ぎの書類仕事をしていて、寝るのが遅かった。
それでも子猫は容赦なくスペインの顔の上で軽快な足踏みをしている。
体重にすれば500gちょっとくらいの子猫だ。
我慢できないくらい重いわけでもないが、さすがに顔の上で行進されると眠ってもいられない。
自分、そんなんやから可愛ないねんっ!!もうちょお好かれるように出来ひんのっ?!!
ちょっとくらいちいちゃくて可愛らしい外見しとったって、性悪やったら嫌われるでっ!!」
と、子猫を顔の上から払いのけると、子猫はぽてんとベッドの上に落ちたようだ。
ああ、これでまた文句が倍になって返ってくる…そう思って、それに備えてブランケットを頭までかぶって籠城する。
……が、普段なら気に入らない事をするとマオマオうるさい子猫が、うんともすんとも言ってこない。
「………っ?!」
スペインのベッドは数人は眠れるくらい広いし、落ちてもベッドのスプリングの上だと当たり前に払いのけたが、相手は小さな子猫だ。
もしかして怪我でもさせたのか?!!
そう思って慌てて飛び起きるが、子猫はきょとんとした表情でベッドの上で固まっている。
(…あ~……もしかして、してやられたんか……)
これと言って怪我をした様子もなく、ベッドの上でぺたんと座り込んでいる子猫に腹は立つものの、あまりに焦ったので完全に目が覚めてしまった。
(…しゃあない…起きよ)
と、スペインは渋々身をおこしながら、もう一回だけ
「ほんま自分まゆげだけやなくて性格の悪さまで、あのくそまゆげそっくりやな」
と伝わらないとわかってはいるがチクリと嫌味を言って、ミルクの準備をしにキッチンへと向かった。
「ほら、ミルクやで。」
子猫を抱えてベッドから下ろしてリビングまで連れて行くと、少し大きくなって皿でミルクを飲むようになった子猫のために、カタンと床にミルク皿を置いて、スペインは今度は自分の身支度をするのに、シャワーを浴びにバスルームへ向かう。
アーサーを拾ったため、ずっと本宅に戻るタイミングを逃したまま、この街中の狭い家で暮らしていたが、そろそろアーサーを連れて本宅に戻ってもいいかもしれない。
こちらでは車が危なくて外にも出してやれないが、あちらは大きな庭もあるから遊ばせてやれる。
まあアーサーは賢い子猫なので、庭の外に出たりはしないだろう…。
そんなことを考えながら、身体と頭を洗って、ガシガシと髪を乱暴に拭きながらバスルームを出る。
アーサーはいつもならミルクを飲み終わるとリビングのソファに置いてある専用のクッションの上で寛いでいるのだが、ふとソファを見てもアーサーがいない。
用意したミルクも飲んだ形跡が全くない。
おかしいっ!!
アントーニョは髪を拭いていたタオルをソファに放り出して慌てて寝室へ戻った。
確認すると子猫はベッドにしている籠の中にいた。
「自分…どないしたん?」
と、籠をのぞき込んで声をかけるが、布団代わりのタオルの上にうずくまったまま何も言わない。
いつもうるさいくらいマ~オマ~オ鳴いているアーサーが全く反応しないのだ。
さすがに不安になってきて、リビングに戻るとミルクの皿を持ってきて、籠のすぐ横に置き、
「ミルクやで。飲み」
と、促してみるが、やはり反応がない。
食いしん坊のアーサーがミルクも飲まないなんて……
スペインはそこで迷う事なくケージを取り出し、籠の上の子猫をソッとその中に入れる。
そしてそれを持って駐車場へ。
車の助手席にケージをしっかり固定すると、動物病院へと急いだ。
その間もアーサーは全く反応しない。
信号待ちのたび、ちゃんと生きているか心配になってケージを覗くが、一応目は開いているし、呼吸もしているようだ。
そのたび少しだけホッとする。
こうしてたどり着いた動物病院でもはっきりした原因がわからない。
それでもずっと何も口にしないので、とうとう点滴をすることになった。
処置をするため医者に抱き上げられても、アーサーはピクリともせずに連れて行かれる。
こうして小さな小さな体に点滴を打たれている様子を見て、スペインは泣きそうになった。
「子猫なので一晩で容態が急変する可能性も」
と言われつつ、そのまま家に帰されて、本当に途方にくれる。
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