「それにしても…1階は白雪姫だったけど、2階はなんだか不思議の国のアリスなんだな。」
そんな中でしっかりとアントーニョに肩を抱え込まれながらもゆっくりとあたりを見回していたアーサーが言う。
そして一人、さきほどの殺人未遂などなかったかのように、屋敷の中を興味深げに見まわしている。
それに血なまぐさい話が苦手で敢えて反応を控えていたフランシスが少しホッとしたようにうなづいた。
「ああ、そうだよね。壁のところどころにトランプ模様が描かれてるし、ああ、時計のところには三月うさぎまで描かれてるよ。」
と指さす先には【不思議な国のアリス】に出てくる三月うさぎが描かれ、そのうさぎの上着から出ている鎖でつながれている先にある時計は、本当の時計が埋め込まれている。
ずいぶんと凝った造りである。
「あ~、ほんまや~。うさぎの時計の部分が本物の時計って、おもろい造りやなぁ。
白雪姫と言いアリスと言い、家主は童話好きなんかなぁ」
と、この話題にもにこにこと乗ってくる黒木。
一瞬流れる和やかな空気。
しかしその空気は水木の
「ということは…白雪姫の毒りんごの次は、『首をちょんぎっておしまい!』の赤の女王って事だよね…」
という暗い声で霧散する。
「それはそうかもしれへんけど…あまり悪い方悪い方へと考えはるのも…」
と、それに黒井がまた、うわぁ~というような苦笑いを浮かべて言うと、水木は
「この状況で能天気な事言っててどうするんだよ」
と、暗い顔で俯いてため息を零した。
「赤の女王…不思議の国のアリスに出てくる、すぐに激昂して『首を切れ!』というキャラクタですが…実は作中でその命令が遂行された事はないんですよ?」
と、そこでまたふわりとその空気を柔らかく中和するマシュー。
確かに…油断は出来ない状況ではあるわけだが、状況把握や用心は自分がすればいいわけで、他には変に不安に駆られて暴走されたくない…そんなギルベルトにとって、どうやらアーサーの味方でいるうちは助けてくれるらしいこの相棒は、なんとも頼りがいがある男である。
こうして二階にあがりリビングの真上の部屋の前。
重々しい感じのドアには交差した2振りの斧が刻まれている。
「…開けるぞ」
すごく見たくない光景が待っている気がするが、ここまで来て開けないという選択もなく、ギルベルトは後ろで息をのむ面々に一応声をかけると、冷やりとしたドアノブに手をかけてゆっくりと回した……。
暗い室内…。
どこか生臭いような匂いと香の匂いが入り混じったなんとも言えない異臭が漂っている。
光源は半分ほど開いたカーテンの隙間から時折さしこむ稲光を除いたら、多数の蝋燭のみだ。
その蝋燭がグルリと囲んでいるのは部屋の中央部の小さな赤い丸テーブル。
…いや、元々は赤いテーブルではないのだろう。
真っ白な長いテーブルクロスを真っ赤に染めて、布が吸いきれなくなった赤い液体がテーブルの周りの床にある溝に落ちて下の階の血文字を作りだしたらしい。
そして…そのテーブルの中央には……生首……。
「ひぃぃ!!!」
まず悲鳴をあげてすくみあがったのは水木だ。
『裏切り者は…許さへん。
自分を呪って地獄の底に引きずり込むために、この命と引き換えに悪魔と契約を結んだったんやで?』
どこからともなく響く聞いたことのある声…
口元は弧を描き、笑みの形のまま、ゆらゆらと蝋燭の火が映り込んで揺れるガラス玉のような濃いグリーンの瞳。
アントーニョによく似た面差しのその顔には見覚えがあった。
「……エンリケ………」
さすがの蒼褪めた顔で目を見開いたまま茫然とつぶやくアーサーの声で、水木がはじかれたようにその場から逃走した。
「ちょ、一人になんなっ!!!」
脱兎のごとく駆け出していく水木をギルベルトが追った。
「ギルちゃん、置いてかないでっ!!!」
と、フランが叫んでそのあとを追い、王もさらにそのあとを追う。
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