相変わらずの雷雨。
さきほどから雷が光り、雨が窓ガラスを割ろうとでもしているかのような勢いで叩きつけられている音と混じって、なかなか煩い。
「どうしたっ?!」
と、弾かれたようにギルベルトが悲鳴を上げたソファ組の方へ駆け寄ると、ぎゅうっと抱きついているアーサーをしっかりと片手で抱きしめながら、アントーニョが天井を指さして
「またなんか起こりそうやなぁ」
と、緊張感のない声で言う。
その反応に上を見上げれば、真っ白な天井に浮かび上がる
『白雪姫の継母は毒りんごを差し出し、ハートの女王は叫んだ――首を刎ねておしまいっ!…と……』
の文字。
どうやら上で何か赤い液体を流すと文字の形に作られたガラスの溝にそれが溜まり赤い文字が浮かびあがる仕組みらしい。
そしてその液体が溝からあふれ出したことで、それが階下のこの部屋に零れ落ちたようだ。
「…これ…血か?それとも……」
ギルベルトは花に滴る赤い液体を目を凝らしてみるが、アントーニョはクン…と鼻にしわを寄せて匂いを嗅いで
「本物の血やな」
と断言した。
富豪の孫息子というより、どこぞの野性動物のようだが、そもそもが祖父のローマ自身がそんな感じの男なので、そのうち祖父のように大成するのかもしれない。
まあ、それはおいておいて、犬かよ…と普段ならちゃかすところだが、こんな状況なのでそんな人並み外れているらしい野性児の嗅覚も頼もしい。
「とりあえず…どうします?上の部屋に何かあるって事ですよね?」
と、ギルベルトを追ってソファ組の方へと戻ってきたマシューが天井を見上げ、そしてギルベルトに指示を仰ぐように視線を送った。
「…確認に行きたいとこなんだが…バラバラにはならねえほうがいいよな?」
と、ギルベルトは若干困ったように顎に手をやり考え込む。
そしてちらりとソファの上に横たわっている英一に目をやった。
そう、一応容体は落ち着いたようだが意識がないので連れていくのが困難だ。
それがなければ全員で行くのが正しいと思うのだが…。
その視線に気づいてさきほどからずっとショボンと落ち込んだまま大人しくなった英二が
「俺が英一と残りゃあいい。最悪何かあっても俺と英一が死ぬだけだろ…」
とボソリとこぼす。
「ん~それ日本の音楽界にとって痛手ですし…被害にあったということは犯人について英一さんが何か知ってる可能性もありますからね」
と、そこでマシューが混乱しそうな真実を隠して絶妙にフォローをいれた。
ふわりとした淡い金色の髪の合間から覗く紫がかった瞳がアイコンタクトを送ってくる。
――協力くらいはしてあげますから、さっさと仕切ってくださいね。
と、その目が言っている気がして、ギルベルトは苦笑した。
まあでも状況を察する能力があって、かゆい所に手が届くような気の回し方をしてくれるのはありがたい。
「あ~そういうことだから、二手に分かれんのは無し。
まあ、あれか。英一は交代で背負っていこうぜ」
と、最終的にギルベルトが言うと、黒井がぶんぶん手を振った。
「力仕事やったら任せて下さい。俺、音楽家言うよりは体育会系ですし。
一番最初の背負い役行かせてもらいますわ」
「ああ、助かる。頼むわ」
人のよさそうな好青年にギルベルトは笑みを浮かべる。
どうも暗くなりがちなこんな状況で、この明るい雰囲気の青年は物理的なもの以上にありがたい。
「疲れたら俺様でもフランでもトーニョでも変わるから、遠慮なく言ってくれ」
「了解です」
チャッと敬礼して軽々と英一を背負う黒井。
「もうほんま帰れるんやったら何でもやりますわ。
ちゃっちゃと上の様子見てきましょ」
白い天井の下に設置されたガラスに赤く血で浮かび上がる文字…。
それを見上げて少し眉をしかめると、黒井は『どっこいしょっ』と一声あげて英一を背負った。
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