「あんただけわからねえんだ。何故あんたは今回ここに来たんだ?」
他から話が聞こえない程度には離れた窓際にマシューを誘導したあと、ギルベルトは若干声のトーンを落として聞いた。
ほわほわと穏やかに見えてひどく冷静に周りを観察している。
それはずっと…それこそ客船にいた時から思っていた。
普通でない…それが自分達にとってプラスと出るかマイナスと出るかは、どう見ても加瀬兄弟と音楽について語りたいわけではないであろう彼がそれでも今回の催しに参加した理由にかかっている気がする。
「加瀬兄弟と音楽について語りたかったから…と言っても信じませんよね?
というか、信じられるような相手じゃ困るんですけど」
と、それまでのふんわりとした雰囲気から一転、マシューはえらく怜悧な様子でクスリと笑った。
本来はこちらの雰囲気が彼らしいものだということなのだろうか。
ほわほわとした仮面を取り去ったところで、ある程度は隠さず明かす気があるのだろうとギルベルトは判断して、赤い目でまっすぐマシューの紫の瞳を見据えた。
「あ~、悪ぃ。もう今言葉遊びしてる余裕はねえと思うんだ。
あんたがそれなりに信頼出来る人間…もっと言うなら今回の諸々を計画した側じゃねえと俺様が納得できたなら、こっちも知ってること全部明かしたい」
正直…もう殺人未遂まで起こっている上、孤島で助けは見込めないと思えば味方は欲しい。
贅沢を言えば頭の良い味方が…。
そういう意味ではフランは度胸がなく冷静に考える事は出来ず、トーニョは勘と度胸は良いが論理的に物事を追っていくのが苦手なため相談相手にはならない。
アーサーに至っては…今自分が考えているような事を知ったら胃に穴を開けて吐血しそうだ。
もちろんそんなことになったらトーニョの怒涛の復讐劇が始まることは確実なので、絶対に避けたい。
ということで、元々の友人達はその枠には入れられない。
そういう意味では適度に黒そうだが、とりあえずギルベルトの脳内の推理として今のところ今回の諸々の事件に直接関わっていなさそうなこの青年が味方なら心強い。
まあ…敵側だとしても、『そうですよ』とは言ってくれないだろうが、そこは嘘か真かを自分が見ぬくしか無い。
じ~っと自分を凝視するギルベルトにマシューはまたクスっと鼻で笑った。
「真剣です、必死ですって顔に出てますね。
でももし相手が画策しているような状態なら、余裕のなさを見せるのは下策だと思いますよ?」
これがアントーニョならそもそも他人を頼ろうなどと思わないだろうし、フランシスなら怒るか引くだろう。
が、ギルベルトからすると、原因がおそらく自分にある以上、このくらいの揶揄で腹をたてるくらいなら始めから話を持ちかけたりはしない。
「逆に…味方になってくれそうな相手なら自分の本気なとこ見せとかねえとな。
正直に言う。
俺はいざとなったら仲間を優先する。
それに含まれるのはフラン、トーニョ、アーサーな。
あいつらは完全に巻き込まれだ。
で、あんたが腹を割って味方してくれるなら、そこにあんたが加わるわけだが……」
「だが?」
「最悪3人を無事帰す協力をしてくれるなら、あんたが画策してる側でも構わねえ。
俺までなら一緒に沈没してやってもいい。
あんたがあいつらに危害を加える目的で動くなら、俺は真っ先にあんたを殺る」
ギルベルトの言葉にマシューはぽかんと呆けて、次に苦笑して小さく片手をあげた。
「降参ですよ。
まあいいです。僕の正体ということなら、ウィリアム元大統領の養子という事を除けば、ただの孤児ですが、行動の方向性という意味でなら、一つだけ。
アーサーさんの味方です」
「はぁ?」
出てきた言葉の意外さに、今度はギルベルトが目を丸くする番だ。
「まあ…詳細は省きますが、僕はウィリアム氏に引き取られる前の幼少時、ちょうど実親に捨てられて雪の街で凍死しかけてた時にアーサーさんに助けられて孤児院にいく事になったんです。
忘れもしない12月26日、クリスマスの翌日で、このクマ次郎さんはその時に可哀想に思ってくれたアーサーさんがその年のクリスマスに貰いたてのクリスマスプレゼントだったのを僕にくれたんです。
で、まあ最近ちょっとある筋からアーサーさんが色々厄介な相手に絡まれているらしいという情報を得まして…父さんにお願いして護衛がてら日本の学校に転校しようとしていた矢先でした」
「…なるほど。鶴の恩返しみたいなやつか」
非常にストンと色々が腑に落ちた気がして、ギルベルトがホッと息を吐き出すと、今度はマシューが腑に落ちないような表情で眉を潜める。
「この状況でこんな胡散臭い話をなんで信じるんです?」
と、残念なものを見るような目で見られ非常に不本意な気分になって、ギルベルトは言った。
「自分で話しておいてそういう事言うなよ。
いや、信じたのにはちゃんと理由があんだよ。
アーサーが客船でそのクマどこかで見覚えあるって言ってたから、そういう事だったのかと…」
「アーサーさんがっ?覚えてたんですかっ」
ギルベルトの言葉を遮って、マシューは破顔する。
とりあえず言ってない事はあるかもしれないが、言っている事に関しては事実なのだろうと、それを見てギルベルトは判断した。
「で…話を進めていいか?どうする?協力体制取るか?」
しかしながら、アーサーの味方だからイコール自分と足並みを揃えるのはまた別問題だろう。
そう思ってギルベルトが聞くと、マシューはまた少し感情もこもらない計算されたような笑みを浮かべて
「そうですね…とりあえずギルベルトさんの現状把握能力次第です。
先にあなたが思う所の発端と今回の状況をどう見ているかを説明していただきましょうか」
と、うながした。
0 件のコメント :
コメントを投稿