続恋人様は駆け込み寺【呪いになんて負けないもんっ!不憫な青年の事件簿】9

こうして二人が走り去っていくのを、館の軒先で見送る残り8名。

濡れネズミなのでとにかく寒い。
カチカチと歯を鳴らせながら、それでも少しでも寒さから気をそらそうと、フランシスが口を開いた。

「トーニョ、お前、係員が誰かをここに連れてきたかったんじゃないかって言ってたけど、誰をなんのためにって見当はついてるの?」

とりあえず情報は共有したい…それは皆も一緒で、全員の視線がアントーニョに向けられるが、アントーニョはそれにはあっさり

「んなわけないやん。
親分、自分とギルちゃんとアーティ以外、誰が誰だか全く知らんもん」
と、とんでもない発言をしてくれた。


その言葉になにより驚いた反応を見せたのは加瀬英二だ。

それはそうだ。
自分達のことを知らないような男が何故今日ここにいる?
…というより、あれだけ日々コマーシャルで流れている顔を知らない日本人がいるのか?

「…カエサル財閥の教育方針で…テレビ見せないとかあるのか?」
と、他なら、お前何で来た?くらいは言うところを、多少言い方を考えて聞いてくるが、そんな気遣いもアントーニョには通じない。

「親分、興味ないもんは目に入れんし、覚えへんねん」
と、天才芸術家に対して気遣いゼロの返答を返してきた。

おそらく物心ついてからこの方、そんな扱いを受けたことがないのだろう。
英二はもう怒ることも忘れてぽかんと口を開けて呆けている。
他の3人の高校生達も同じくだ。

唯一、英一はそれに苦笑して、

「とりあえず…俺はフランの友人以外は知ってるから、紹介しておこうか」
と、申し出た。

「まず俺は加瀬英一。こっちは双子の弟の英二。
3歳の頃からバイオリンをやっていて、今では仕事で演奏する他にもコマーシャルにも出させてもらってる。
今回のイベントは俺達を使ってる企業が俺達の宣伝にと企画したものだと聞いている」

と、英一はまず自分と隣にいる英二の紹介をすると、そっぽを向いたままの弟にやっぱり苦笑して、チラリとギルベルト達が戻った道に視線をやった。

「さっきのぬいぐるみをもった人は、マシュー・ウィリアムズさん。
ウィリアム元大統領の養子で政財界にも色々コネを持っているらしい。
おっとりして見えるけどとても優秀な人みたいだよ。
音楽にもそこそこ造詣があるみたいだけど、忙しい人みたいだから何故今回わざわざイベントに参加して下さったのかは俺にもよくわからない。
もしかしたら、気晴らしのバカンスだったのかもしれないね。
だとしたら悪いことをしたな」

あとは、それぞれ自己紹介の方がいいかな?と、英一はそこで高校生3人をうながした。

ほな…とまず一歩踏み出したのは、黒髪にくりっとした焦げ茶色の瞳の人懐こそうな雰囲気の青年。

「黒井祥吾。オリーブ商事の大将のせがれですわ。
見ての通り半分外国の血が混じっとるけど、生まれも育ちも生粋の関西人。
一応親の見栄っちゅうかそんな感じでガキん頃からバイオリン習っとるんやけど、自分的には算盤カシャカシャ鳴らして遊んどるほうがまだ楽しい程度には向いてへんと思います。
趣味は国内国外問わずあちこち旅して回る事で、今回もほんまはダチと遊びに行くはずやったのに、気づいたら船乗せられてました」
ハハっと片手を頭にやって緊張感なく笑う青年に若干空気が和んだ。

そうして緊張がややほぐれたところで、では私も…と、今度は大人しそうな眼鏡の青年が口を開いた。

「王月龍(ワン・ユエルン)と申します。
私も少々バイオリンを嗜んでおります。
中国系アメリカ人で、今回はたまたま親の仕事の都合で日本に滞在中に、尊敬していたバイオリニストの加瀬さん達とご一緒出来るとチケットを譲っていただき、参加させて頂きました」
と、青年はバイオリンケースを大事そうに抱えて会釈をする。

そして最後の一人はどこかで見た顔だ。

「水木裕太。4月からは西城音大の1年生。
つい数日前までにボヌフォワ君達が通っている高校を卒業したんだけど、まあ331日まではぎりぎり高校生扱いって事みたいだね。
専門はフルートで、たまたま師事していた先生のツテでチケットが回ってきてね。後学のためにぜひ行って来いって言われてきたんだ」
という説明で、なるほど、と思う。

「あ~、どうりでどこか見覚えのある顔だと思った」
と、フランシスが笑うと、水木も小さく笑みを浮かべた。

「君は有名人だからね。君の方にも覚えられているとは思わなかった」
「ああ、1学年2クラス70人ほどですし、前後の学年の生徒の顔くらいならわかりますよ」
思いがけず知人がいてホッとしたのだろう。
フランシスは嬉しそうだが、アントーニョはやや憮然とした顔だ。

…あの学年…好きやないわ……。
という小さな呟きは、ギルベルトでも居たら拾われたのかもしれないが、あいにくいないので、それはアーサーの少し複雑な表情での頷きとともに消えていった。



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