こうして全員走って館の前へ。
「で?どうする?係員さん待つ?」
と、フランシスはベルを押すかどうか躊躇するが、
「寒いっ!お前らは凡人はいいかもしれないが、俺は風邪ひいて演奏に影響すんのはゴメンだ」
と、英二は自分で自分を抱きしめるようにしながら、ブルブルと震えて言う。
「そもそも、そこの凡人!上着貸すなら俺にだろうがっ!今回の主賓だぞっ!!」
と、さらにその矛先はアントーニョに向かうが、アントーニョは当たり前に
「親分別に主催やないし?
可愛えアーティを雨に濡らせておいて自分みたいなのに上着貸す義理はないわ」
と、返した。
「こっのぉ~~!!!!」
と、振り上げた拳は、しかしアントーニョに届くことはなく、すぐ側にいたギルベルトがその手首を掴んで言った。
「それこそ他人殴って大事な手を怪我したら大変なんじゃないか?」
と、そのもっともな言葉に、英二が舌打ちして拳を下ろすと、せっかく落ち着いたところに、アントーニョはさらなる爆弾を投げた。
「あのオッちゃん、たぶん来ぃひんよ。今頃船乗って逃げとると思うわ~。
せやからちゃっちゃと中入ろ」
「は?お前何言ってんだっ?!!」
と、もうこれは止める間もなく英二がアントーニョの襟首をつかむ。
その手首を軽く…そう、軽く握っているように見えてかなり強く握ったのだろう、アントーニョが英二の手首を掴んだ瞬間、英二が慌ててその手を引っ込めた。
そして左手で右手をさすると、アントーニョはニコリと言う。
「手ぇ出すのはあかんよ?次はないで?」
笑っているがどこか怖い。
それまで威勢の良かった英二が黙って頷いた程度には…。
そこで黙りこんでしまった英二の代わりにぬいぐるみの青年が口を開いた。
「どういう事です?確かに…怪しい感じはしてましたが、もし船で乗り逃げされるとわかっているなら何故止めなかったんですか?」
少し非難するような口調になるのはもっともだ。
ギルベルトとてあの係員は怪しいとは思っていたが、もし害を加えるつもりならこんな避難場所のある所に降ろさない気がするし、よもや船に乗って逃げるとは思わなかったわけだが、逃げるとなったら問い詰めるくらいはしただろう。
「ん~。なんていうかな~そんな感じしてん。
モーターの音は最初っから聞こえとったし…とすると流されたっていうのも嘘やんな?
とすると…おっちゃんここに俺らの誰かを連れて来たかったんかなぁって思うてん。
で、なんで黙っとったかというと…おっちゃんが連れ帰る気なかったら、船あっても方向わからんやん?でもおっちゃんどんなに脅しても連れ帰る気ない感じやったから。
気ぃ弱くみせとったけど、なんやプロっぽかったし?
下手に抵抗したら親分はまあ平気やしアーティは死んでも守るけど、他で怪我人の一人や二人でとったと思うし、ヘタすればボートがひっくり返って全員冷たい海ん中へドボンや。
暴れた奴がそうなるんやったら自業自得やけど、可愛えアーティも巻き添えとか勘弁やわ」
「そんな感じ…ですか。ずいぶんとアバウトな…」
と、この状況でそんな風なアントーニョに、ぬいぐるみの青年はさすがに眉をひそめる。
周りも胡散臭げな目を向け始めるので、ギルベルトは仕方なしに口を開いた。
「トーニョはカエサル財閥の総帥の孫息子の中でも総帥に一番よく似てるって言われてる奴で、馬鹿だけど勘は良いし人を見る目は確かだ」
「カエサル財閥の…」
ざわっと辺りがざわめいた。
「…それ…早く言えよ…」
と、英二はフランシスに恨みがましい視線を向け、英一が苦笑する。
高校生3人はポカ~ンだ。
「…そんなすごいセレブには…見えはらへんね」
と、一人が思わず呟き、しかしさすがに失礼と思ったのか次の瞬間慌てて口をつぐむが、アントーニョの方は気にした様子もなく、ひょうひょうとした様子で
「いろんな事を経験させてもろて色々なところにも連れて行ってもろたけど、セレブな生活はしてへんもん」
と肩をすくめる。
「それより…トーニョのいうことが本当かどうか俺様が戻って確かめてくる。
一応可能な限りバラバラにならないほうが良いと思うし、お前らはここで待っててくれ」
と、こうしていても埒が明かないのでギルベルトが提案すると、
「一応僕も行きますね。アントーニョさんのお話だと、相手はそれなりに武術の心得のある人物で、さらに意図的に僕達をここに連れてきたことを気づかれたくないみたいですし。
もし危険になったら、とにかく逃げて誰かに伝えるために、一人じゃ無い方が良いと思います」
と、ぬいぐるみの青年が手をあげた。
それに異を唱える者はいない。
アントーニョの言った通りなのか気になるのは山々だし確認は取りたいが、この雨の中疲れているのにまた往復で30分ほどの距離を走りたいかと言われると否である。
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