今回のこの催しは、加瀬兄弟を自社のコマーシャルに使っている某企業主催のこの企画…ようは今人気の若手バイオリニストを使った宣伝らしい。
初日の今日の夜は船上パーティで、本格的な音合せや演奏は明日以降になるとのこと。
演奏会と銘打ってはいるが、”一般の高校生達と触れ合う加瀬兄弟”という図を作るのが主催側の狙いなのだろう。
「ギルちゃんも行ってきたら?なんなら紹介するよ?」
チラチラとそちらを気にしているギルベルトにフランシスが声をかけるが、
「いや、本格的にやってるわけじゃねえから、話の邪魔だろ」
と、ギルベルトは小さく首を振った。
まあよくよくその集団の話に聞き耳をたててみると、どうやら演奏の技術的な話ではなく、コンクール関係の話をしているようなので、あまり興味がないのだろう。
あとで演奏の話に移った頃に紹介するかな…と、フランシスは船上パーティーの料理を楽しむことにして、バイキング形式の料理を取りに行った。
そこでギルベルトは改めて会場の様子に目をやり始める。
加瀬兄弟と自分達以外には高校生らしき人物は4名。いずれも男だ。
そのうち3人はそれぞれバイオリンやフルートなどを持っているので、それが専門なのだろう。
が、残った一人は変わっている。
綺麗なふわふわのブロンドにぴょこんと1本伸びたアホ毛。
柔和な顔立ちに眼鏡をかけている……まではいいにしても、その手に持つのは楽器ではなく大きな白いクマのぬいぐるみである。
どう見ても自分達と同じくらいの年頃であろう男が、こんな場でクマのぬいぐるみ??
そんなことを思いながらギルベルトが首をかしげていると、隣でアーサーも首をかしげていたので、
「変だよな、あれ…」
と、同意を求めてみる。
アーサーはすでに大量の料理の乗った皿を持ったアントーニョにキープされ、時折口に放り込まれる料理をモグモグと咀嚼している最中だ。
一つ年下のこの童顔な後輩とアントーニョが付き合いだしたのは去年の秋口。
中等部の頃に風紀委員だったアーサーに散々素行を注意されまくっていて最初はアーサーを苦手としていたアントーニョだが、ある日ストーカーに困り果てて泣いていたアーサーを偶然みかけて可愛いと思った瞬間、恋に落ちてしまったらしい。
それからはもう夢中で、”お前の方が下手すればストーカーじゃね?”と言いたくなるレベルで恋人にべったりだ。
まあ幸いにしてアーサーの方も困っていたところを助けてもらったというのもあって、全面的な信頼を置いているようなので、今ではただの馬鹿っぷるなわけだが…。
今日のアーサーの白いコートの下にどこぞの昔の耽美系少女漫画にでも出てきそうな真っ白なフリル付きブラウス…そして白のパンツという出で立ちは間違いなくアントーニョのチョイスだ。
確かに普通の男子高校生がこんな格好をしたなら嘲笑のまとかもしれないが、童顔で実年齢よりも2,3歳は若く見え、全体的に色素が薄く透き通るような肌に透明度の高い大きくまんまるい黄色がかった淡いグリーンアイに睫毛バチバチのアーサーが着ると妙に似合っている。
そして…なんとアントーニョ自身も黒のテイルコートの下に黒のベスト、その下にはさらに白のシャツに黒のパンツだ。
いや、さすがに【黙れ!国王】Tシャツとかで来るとは思わなかったが、正装をしたアントーニョを見たのなんて、長いつきあいの中で初めてのことだ。
一応こいつカエサル財閥のお坊ちゃんだったんだな…と、そのあまりに自然な着こなしっぷりにギルベルトは驚きの目を向けた。
「アーティ、これ美味いで。ほら、あ~ん」
と、孫にも衣装というにはあまりに化けた良家の子息然としたアントーニョが甘い笑みを浮かべながら差し出すフォークを、まるで小鳥のひなのように可愛らしく開けた口で加え、モグモグと料理を咀嚼すると、ホワンとあどけない笑みを浮かべるアーサーの図はある意味絵になる。
エリザが見たら喜びそうだ…と、ギルベルトはため息をつく。
そんな、二人の世界に入り込むなという感がひしひし伝わってくるアントーニョのバリケードも、フラグクラッシャーのアーサーの前には無力なようである。
アーサーは口の中のモノを飲み込むと、ギルベルトの言葉に
「いや…可愛いから良いんだけど…あのぬいぐるみってどこかで見たことある気がするんだよな…」
と、青年の手の中のぬいぐるみを指さした。
「いやいや、ぬいぐるみとしては特に変わったところのねえ、どこにでもあるようなものだろ?それよりここに持ってきてんのがおかしくね?」
と苦笑するギルベルトの言葉に、ぬおっとアーサーの後ろからおんぶお化けのように抱きついたアントーニョが顔と口を出す。
「そうやんな。公の場にぬいぐるみ抱えて来てええくらい可愛え男子高生は、アーティーとフェリちゃんとロヴィくらいやんな?
他の奴はあかん。おかしいわ」
「…お前…ちょっと突っ込みどころが違うから…。ああ、まあお前に言っても無駄か。
お前的例外はおいておいて、でも普通に変わってるよな」
と、主張はもう少ししたい気がしないでもないものの、これ以上関わるとアントーニョがキレて暴れそうな勢いの殺気に溢れた視線で睨んでくるため、ギルベルトは君子危うきに近寄らずとばかりにその話を切り上げると飲み物を取りに行った。
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