続恋人様は駆け込み寺【呪いになんて負けないもんっ!不憫な青年の事件簿】2

「これ見てみて~♪すごいでしょっ。」
と、春休み直前の学校で、フランシスが上機嫌でちらつかせたのは一枚のパンフレット。

高校生による演奏会、豪華客船での旅】というものである。

春休みに客船で1週間ほど旅をしながら音楽を学ぶ高校生で楽しく交流会&演奏会を開きましょうというものらしい。

もちろん、高校生の前には上流階級の…という文字がつくのだろう。

フランシスはこう見えても世界でも有名なデザイナー、フランソワーズ・ボヌフォワの一人息子なので、実はセレブだったりするのだ。

まあもっともギルベルト達が通う幼稚舎から大学まで一貫のこの学校は、財界、政界の大物達の子息達も多く通う有名私立なので、ギルベルトのように奨学制度で通う一般人など本当に少数で、ほとんどの生徒が一般人から見るとセレブである。

能力だけでは駄目だ、人脈を作らねば…と、極々難関の特待生枠を勝ち取ってここで頑張り続けるギルベルトとは逆に、弟のルッツはその余計なものに回す分の時間を勉学に注ぎ込みたいと、おそらく特待を取れる能力はあったのだが、高校から別の学校へと転校していった。

一見のほほんとして見えるギルベルトはそういう意味ではこの学校では異質である。
普通にそんな上流階級のお遊びに参加した経験などないし、する機会もない。

「…で?それがどうしたって?」

というわけで、そんなセレブなお遊びとは無縁の一般ピープルであるギルベルトが興味なさげに流すと、フランシスは不満そうに頬を膨らませた。

「この出演者見なさいよっ!日本が誇る双子の天才バイオリニスト加瀬英一、英二もいるのよ??コマーシャルにも出てるから知ってるでしょっ!」

いやいや、それはわかってるって…と思う。

今全国の女性たちに大人気の美貌の双子だ。
ギルベルトだってテレビくらいは見るので知っている…が、

「だ~か~ら?俺様には関係ねえよ。」

そんな有名人のイベントなら、なおさら縁はないとばかりにギルベルトが面倒くさげに頬杖をつく。


フランシスは母親の職業上、そういう華やかな世界の話をしばしばしたがる事があり…しかも始めると長い。

それならそういう話題に縁のない自分よりも世界的デザイナーのフランシス・ボヌフォワの華やかな世界に興味津々のプチセレブ達にしてやれ、という意味合いを込めて突き放したが、普段ならそれで空気を読んで引くフランシスが今日に限って食い下がる。

「と~こ~ろ~が~~」
と、フランシスがさらにチッチッチと指を振った瞬間…別に代わりに空気を読んで自分を開放してくれようとしたわけではないのだろうが、

「フランのそのポーズウザいわ~」
と、アントーニョが後ろからフランシスを蹴り飛ばした。


フランシスと共に悪友として付き合いの長いアントーニョ・ヘルナンデス・カリエド。

環境的には有名な財閥の総帥の孫息子であるはずなのに、これほどセレブという名が似合わない男はいない。

最近こそ恋人との時間を作るためにやめたがそれまでは、祖父からすでに1ヶ月でサラリーマンの平均年収をはるかに超える収入のあるマンションを相続しているくせに、普通にコンビニでバイトをしたりしていた男である。

黙れ!国王】とか、【トマト万歳!】とかわけのわからないヨレっとしたTシャツを着て普通にスーパーのタイムセールに自転車を飛ばすこの男がよもやそんなすごい人間だとは誰も思わない。
アントーニョに比べればまだギルベルトの方が良い暮らしをしている家の息子に見えるくらいだ。

趣味も少なくともギルベルトが知っている範囲では家庭菜園とスポーツくらいで、特にセレブっぽい趣味があるとは聞いた事が無い。
そんなアントーニョは真剣に天才音楽家などには興味がないのだろう。



「ちょ、おまっ、ひどっ!!そんなことしていいのっ?!」
と腰を押さえて立ち上がるフランシスに、

「もったいぶっとらんと、何か言いたいならさっさと言い」
と、冷ややかな視線でにべもない。


ああ、そうだ。こいつはそういうやつだよ。
自分の双子の従兄弟達と愛しの恋人以外の人間は実はどうでもいいと思っている。
わかってた…わかってたよ、お兄さんちゃんとわかってた…。

と、ガックリと肩を落としながらも、フランシスは悪友二人に告げる。



「あのね、お兄さんの母親ね、デザイナーじゃない。
で、加瀬兄弟の服も手がけてるのよ。
だから、そのつてで、この旅行のチケットが4枚手に入ってね、お前達も招待しちゃおうかなぁとか思ったんだけど……」

「フラン、ほんとお前良い奴だよなっ」
と、その瞬間にギルベルトがコロリと懐柔される。

そりゃあそうだ。
滅多に出来ない豪華客船の旅プラス有名なバイオリニストを始めとする高校生演奏家達。

実は自身もフルートを嗜み、クラシックも好きなギルベルトはやはり浮かれる。


一方のアントーニョはスマホを出して弄りながら
「で?日程は?アーティに言っとかな」
と、もう恋人と行く気満々で連絡し始めた。



まあこちらはいざとなったら船を借りれるくらいには資産家の祖父がいるので、船旅の経験くらいはあるのかもしれないし、どう考えてもクラシックに興味があるようには見えないので、”恋人と旅行”という1点にのみ意味があるのだろう。



「帰ったら着てく服とか見に行こうか~。
ああ?いや、そんなかしこまらんでもええねん。どうせフランの関係やしな。
でもどうせやったら船で可愛え格好したアーティ見たいわ~」

と、溺愛中の年下の恋人に電話する声は、さきほどのフランシスに向けた冷ややかさはどこへ?と言いたくなるくらいにはデレデレだ。
もう反応など気にしたら負けである。

そして…こんなやりとりがあった数日後、4人は無事船上の人となる。
それが全ての始まりであった。


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