いったい何が?と思ってかけ直してもつながらない…というか、電源が切られているっぽい。
何度も何度もかけ直して、でもつながらなくて、仕方なしにメールを送ってみたが返事がない。
まさかさっきのは…今の自分の位置を聞き出せという赤目の指令だったのか?
ここにいるのは危険かもしれない…と、エンリケは大急ぎで荷物をまとめて自宅へ戻った。
そこでもまた何度も電話をし、メールを送るがなしのつぶてだ。
まさか…まさかアーサーが恋人の自分よりも、あの赤目やアントーニョを選んだというのか?
嘘だ、嘘だ、嘘だっ!!!
ああ、そうか…アーサーは騙されて言われるまま自分と応対をしてしまって、今頃きっと怖くて連絡が取れずにいるのかもしれない。
きっとそうだ。そうに違いない…。
本当に…あの子は繊細なところのある子だから…。
「別に自分の事を怒ったり恨んだりはしてへんで?安心し?」
と、エンリケは寝室に置いてある写真立ての中のアーサーに優しく語りかけて口づけをする。
そのエンリケの言葉に、部屋中に貼ってある写真の中のアーサーが安心したように微笑んだ気がした。
そうとわかれば、あの子を怒っていない事を知らせてやると同時に、エンリケには自分達の間に立ちふさがる悪魔達を断固として滅する覚悟があることを教えて、安心させてやらなければならない。
そこでチラリと目に入ったのが、おせっかいな伯父にたまたま押し付けられた宗教画集の中の一枚の絵。
それをパチリとカメラに収めると、エンリケはそれをメールに添付する。
『ユダみたいな裏切りを恨まなかったといえば嘘になるけど、今は自分のことは恨んでへんよ。
ただ自分をそそのかした奴らは心の底から恨むし呪うわ…許さへん…』
そう…少し勘違いしてしまったことは素直に認め、しかし今は誤解だったことはわかっている。そんな風に自分達の仲を引き裂こうとした奴らが悪いのだ…と、そんな想いを込めて送信ボタンを押した。
それにもなかなか返事が返ってこないが、まああの子もそれがエンリケの真意なのかどうか悩んでいるのかもしれない。
少し待ってやろうか…。
そう思いつつ、エンリケはアーサーが落とした時拾ったハンカチを抱きしめた。
…ああ…あの子のバラと紅茶の匂いがするなぁ…。
スン…とその香りを嗅いで、甘い匂いにぺろりと舐めてみるが、当たり前だが布地の感触が舌に広がるだけだ。
ああ…あのまだあどけなさを残すふっくらとした頬に口付けたい…。
あの子を直接舐めてみたら、今度こそ甘い味がするのかもしれない。
部屋のあちこちから微笑みかけるアーサーの視線を感じながらエンリケはひたすらハンカチを自分の身体のあちこちに擦りつけた。
そうすることであの子の香りが自分の体臭と交じり合うような気がして、幸せな気分になる。
抱きしめて体中擦りつけて、あの子の香りが俺に移ったら、今度はあの子を白い身体を隅から隅まで舐めまわして俺の匂いをつけて、俺のモンやって主張するんや…。
アーサー…アーサー…アーサー……可愛え…可愛えアーサー……
俺のや…絶対に誰にも渡さへん…絶対にや……
片手にハンカチ、片手に写真立てを持ってベッドの上でゴロゴロしながらそんな妄想に浸っていると、ふいにメールの着信音がして、エンリケは飛び起きた。
知らないメルアド…誰や?
タイトルもないそのメールを開いてみると、本文はたった2行…
『アーサーは迷惑してる。
いい加減手を引け』
あいつかっ!!!!!
危うくスマホをそのまま投げつけて壊すところだった。
いや、投げたには投げたのだが、落ちたのがベッドの上だったので、かろうじて無事だっただけなのだが……。
「許さへん…許さへんで……絶対に後悔させたる……
生きてる事が嫌になるくらい後悔させたるわ……覚えとき……」
まずは…周りからジワジワと追い詰めてやる……。
エンリケはゆらりと立ち上がると、ベッドの上に転がるスマホを手に取る。
憎しみに染まった目でクスクス笑いをもらすと、エンリケはゆっくりと呪うべき相手に毒を注ぎこむ準備にとりかかった。
「せいぜい…毒りんごの味を堪能しいや?赤目ちゃん?」
唯一の望みを打ち砕かれた童話の中の悲しいお妃は…そうしてゆっくり病んでいく…。
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