恋人様は駆け込み寺_番外編【白雪姫の継母の話】11

携帯に電話をするがなかなか出ない。
体調が悪くて眠っているのか、携帯をどこかに置き忘れているのか、それとも……
と、3番目の可能性を想像した瞬間、怒りで目の前が赤くそまった。

あの時…放置なんかですませるんじゃなかった。
再起不能になるように、何かしておくべきだった。
あの他人を小馬鹿にしたような赤い目が脳内で再生される。
ミシッと握った携帯が嫌な音を立てた。

こうして確認だけ済ませると、エンリケは急いでアーサーのマンションに向かう。
念のため…念のためだ。

アーサーが高等部に進学して告白して以来、恥ずかしがって自宅にあげてくれなくなってから、たまたま見つけたアーサーを見守れるスポットがある。

エンリケは暇を見つけてはよく見守れるように双眼鏡を片手にそこに行き、アーサーの健やかな生活を見守っていた。

今日も念のためと思い、その場所…アーサーのマンションの向かいにあるビルの屋上へと向かう。
そこからだとアーサーの寝室がちょうどよく見えるのだ。

いつもなら遅い時間なので大抵はカーテンが閉められているが、今の時間なら、万が一アーサーが在宅ならカーテンが開けられていて、パジャマ姿の可愛いアーサーが見られるかもしれない。

もし見られたらその姿をきちんと収拾しなければならないため、望遠レンズのついたカメラも持参だ。

エンリケが日々ここまで恋人であるアーサーの事を心配して心を砕いているのだから、もうそろそろ素直になってほしいところである。


ともかく、一応ここでスタンバった上で、再度電話をかけてみる。
やはりなかなかつながらない電話…。
あの赤目の高笑いが聞こえてくる気がする。

ミシっミシっと、これ以上はやめて下さいとばかりに悲鳴をあげる携帯。
あともう少し力を入れたら…というところで、どうやら携帯の寿命は少しばかり伸びる事になったらしい。
ぎりぎりセーフだ。
エンリケが携帯を壊してしまう直前に電話がつながる。

ああ、やっぱり体調が悪い時に一人だと色々が大変だから、従兄弟の家に行って寝ていたのかもしれない。
あの子のあの可愛い口から吐き出た息が電話を通じて感じられて、エンリケは携帯をさらに顔の近くに近づけた。

「…アーサー…今どこいるん…?
…気分悪なって帰ったって聞いたから心配しとるんやけど…」

目をつぶると少し体調を崩したあの子の可愛い姿がまぶたの裏に浮かぶ。

自宅じゃない…ということは、もしかしたら寝間着も従兄弟のもので少し大きく、肩が少しずり落ちていたりするのかもしれない。
熱でもあるなら、うっすらと桃色に染まった普段は白い肌に汗が伝い、あの可愛らしい大きなグリーンアイがウルウルと潤んでいるのだろう。

ああ…可愛え…どうせなら俺の寝間着着せたいわ…。
と、その様子を想像してため息をつく。

一緒に暮らし始めたらそうしよう。

そんなことを考えながら答えを待っていると、返ってきたのは予想からかなりずれた言葉だった。

『エンリケ、お前学校は?今授業時間だろ?』

ああ、そうなのだが大事な恋人が早退したとなれば、それどころではないではないか。
そんなことはアーサーだってわかっているはずだ。

「…俺も早退してん。…で…自分いまどこ…?」
と、一番知りたい事を尋ねたら、
『家に……』
と言う声が返ってきてムッとする。

何故恋人である自分に嘘をつくのだ…と、その不本意な気持ちを隠しきれずに
「…おらんやろ。…戻った形跡もないし。
……制服のままどこ行ってん?」
と、それ以上の嘘を聞いても仕方ないので遮って言うと、電話の向こうで驚いたような声がした。

『ちょっと待て…。なんで戻った形跡ないって…』

「自分普段は学校は指定の靴やけど、それ以外はスニーカーで出かけるやん?
……履き替えてへんし…」

『いや、家に帰っても一人だから、フランの家に…って言おうと思ったんだけど、なんでお前俺が今履いてる靴なんて知ってるんだよ』
と続くやりとりで、エンリケは反省した。

ああ、アーサーが自分に嘘をついたりするはずがなかった。
疑ったりして悪かった。

でもこんな疑心暗鬼になってしまうのも、あの赤目が悪いのだ。
あいつが色々根に持ってアーサーと自分を引き離そうとしているのである。

本当にとんだ極悪人だ。
あやうく離間にひっかかってしまうところだった。

そこでエンリケは恋人らしい優しい口調で、いかに自分がアーサーの事を理解し、わかっているのかを主張する。

「ん、なんとなく…やで。
…俺は昔からアーサーのことはなんでもわかるんや。
一日中ずーっとアーサーの事考えて……アーサーの事だけ見とるからな…」

『一応聞くけど…お前、今どこにいるんだ?』
そのエンリケの愛の深さに感動したのだろうか…聞き返すアーサーの声は震えている。
…可愛い。

「ん…アーサーのマンションの向かいのビルの屋上やで…。
…ここからやとちょうど自分の寝室の窓がよお見えるんや…」
と、自分が常に守られていたということを教えて驚かせてやろうと思って言ったら、その瞬間、いきなり通話が切れた。




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