「出来る限り急いだって」
と頼み、まだ人もまばらな学校へとたどり着くと、エンリケは釣りももらわず校庭へと急ぐ。
アーサーが登校してきた。
変わった様子はない。
ただ、自分が先に来ているなんて思いもしなかったのだろう。
きょとんと目を丸くしている様子があどけなくて可愛らしい。
「アーサー、今日は一体どないしたん?置いて行くなんてひどいわぁ…。
家の前で待っとったのにおらへんから、車使ってもうたやん…」
怯えさせないように、怒っているわけではないという事を示すために笑顔で、しかし少し拗ねたように言ってみると、それでも責められていると感じたのだろうか…
「約束なんてしてねえだろ。
…っていうか、いつも別に来ないでいいって言ってるじゃないか」
と、アーサーは少し青ざめて言う。
ああ、そんな風に怖がらせるつもりじゃなかったのだ。
少しだけ…少しだけ、恋人に先に行かれて悲しかった気持ちを訴えたかっただけなのに…。
そう思って、それを言おうと一歩踏み出すと、アーサーと自分の間に何者かが立ちふさがった。
――アントーニョ……
常に自分の前に立ちふさがって、明るい光を遮り続けた従兄弟。
いつもいつも自分を暗闇の中に突き落とす男……。
何故こいつは自分の邪魔をするんだ。
いつも、いつも、いつも、いつも、いつも………!!!!!
「…自分……なんなん?…どいとき。今俺アーサーと話しとるんやから…」
ひどく苛立ちながらも、それでなくても怒られていると勘違いして怯えているアーサーをこれ以上怯えさせまいと、最大限の理性を振り絞って、なるべく静かに言うエンリケ。
しかし怒りが体中から吹き出しそうなのを一生懸命こらえているエンリケのその耳に入ってきたのは、信じられない言葉だった。
「アーティー嫌がっとるで?なにって言われたら…この子の恋人やけど?」
…え??
エンリケは声も出せずに目を大きく見開いた。
何を言っているんだ、この男は…。
「…なに…言うとるん?」
「…事実言うとるだけやで?昨日な、ちょっと色々あって付き合い始めてん。
せやからこれからは俺が迎えに行くし、エンリケは来んでも大丈夫やで?」
何かが…何かがおかしい…
アーサーはエンリケの恋人で、アーサーを送り迎えするのも恋人であるエンリケの役割だ……
そうきっぱりと否定して欲しくて、今はアントーニョの後ろに隠されてしまったアーサーに目を向けるが、アーサーはかろうじてアントーニョの背中から顔だけだして
「ああ、本当だ。
いつも来ないで良いって言ってるけど…これからは来ても本当にいないぞ?」
と言う。
おかしい…何故?…ありえない…何故?何故?なぜっ?!!!!
「…自分…この子に何したん?」
「なんもしてへんで?しいて言うなら付き合ってって言うたくらい?」
「…何言うてるんや…。自分全く興味持っとらんかったやろ。俺のもんやと思ったら欲しなったん?」
「恋は突然に落ちるもんやで?そもそも自分のモンちゃうやろ?」
「…俺のや…。ふざけんといて……」
言葉が空回っていく。
自分のモンちゃう?
何を言っている、アーサーはまだ幼い幼稚舎の子どもの頃からずっと自分のだった。
自分の恋人だったのだっ!!!!
エンリケが大学まで卒業する5年後には小さなマンションを買って一緒に暮らすのだ。
ベランダは2つ。
片方にはアーサーが花を植えて、1つには洗濯物…。
目を覚ませば隣にはまだ眠っているアーサー。
起こさないように朝食を作って呼びに行くのである。
食事は自分が作って、アーサーが美味しい紅茶をいれてくれる。
二人はそうして幸せに暮らすのだ……そう…ずっと幸せに………
それが…どうして……?
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